2011年12月28日

なんだかんだ言ってラクな5年間でした

5年間勤務した老人ホームを今月末で退職することになった。すでに退職届けは提出し受理されている。(退職願ではなく届けなので、受理もへちまもないが)必要な書類は書き終え提出した。今月の給料は、半年分の住民税と2か月分の社会保険料を引かれてさびしい親父のはげ頭ぐらいしか振り込まれていない。来月からの予定は立っておらず、心もとないが、沈没船から逃げ出したいいっしんなので、後はどうにでもなれだ。あと4日間の勤務にもかかわらず、感慨深さは全くなく、階段を上ってフロアに出たとたん、特有のにおいに嫌悪感を覚え、強い拒否反応が起こる。4年間はユニット型の特養に勤務し、1年間は現在の従来型特養であった。ユニット型にいたときからもう辞め時だと感じてはいたのだが、なかなか辞める決心がつかなかった。従来型の特養に異動になり、気分も変ったが、辞める決心をつけさせるほどの施設でもあった。この5年間を振りかえると、時々しんど〜いということもあったが、概ねラクな職場であった。年数が経つにつれラクになっていったのだ。働き始めた当初から、ヤバイ、マズイ、このままではボケ街道まっしぐらだ…という危機感はあったものの、やはり寄る年波には勝てず、ラクさに身を浸していたのだ。私は老人ホームに勤める前は、いろんな職種を転々としていて、最後は保育士をしていた。児童養護施設だったので、休日も少なく、精神的にもキツかった。それに比べ、一月に9〜10回の休みがあり、休日出勤も時間外もほとんどない老人ホームは、呆けるのではと思うほどラクだった。業務内容もしかりだ。することが、乳幼児施設と比べて極端に少ない。この5年間に、福祉住環境コーディネーター、ファイナンシャルプランナーの資格が取れた。介護福祉士、ケアマネは言うまでもなく。つまりなんだかんだ言って、与えられた仕事しかしていなかったのでラクでしょうがなかったのだ。ここで求められる仕事の質・量は非常に低く少ない。その気になれば、利用者のニーズに応えるというやりがいのある大きな仕事もできたはずなのに、私はしなかった。安穏と与えられた業務だけをこなして、趣味で資格を取っていた。いよいよ天罰が下るときがきた。こんなラクな仕事を辞めた今、私にできることってなんだろう?
posted by みょうみょう at 07:56| Comment(0) | 介護の愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年末って気がしないのは誰のせいだ?

なんか年末ってかんじせんねぇ。
昨日だんなと夕食を食べながら二人でしきりにぼやいた。
二人とも変則勤務なので、盆も正月もない。年末年始はいつもどおりの勤務だ。たまたま1〜3日休みに当たることもある。そのせいもあるだろうねと納得した。けどこの変則勤務、私もだんなも老人ホーム勤務なのでしょうがないが(私は特養の介護士、だんなは有料の調理師)、今はスーパーなどのお店や入浴施設、カラオケやボーリング、ビリヤードなどの娯楽施設など、サービス業はほとんどが変則勤務なのではないか。年末年始などないところが多いと思う。イオンも元旦から営業っていってるし。昔は盆や正月に働かなきゃならないとこっていったら、それこそ病院などの施設や消防署、警察それかその時期だけの商売だったんじゃなかろか。ジャスコなどのスーパーが元旦営業を始めたのはいつだったろうか。今ではちっとも珍しくないので、逆に休みだと、チェッやってないのかと思ってしまったりする。(自分がいつも変則勤務なので仕事帰りに普通に寄ってしまう)店が営業してるので食品を買い込むこともない。保存食を作る(買う)必要もない。だから正月気分にならないのだろう。だんないわく。テレビを見ると、年末〜、正月〜って気になるとのこと。そういう特集ばっかりやってるから。ところで、休まないで営業してるくせに、マクドまでが正月はあのおきまりの正月ミュージックをかけるのでほんとイラつく。いかん、怒りモードになりそうだ。それにしても、サービス業の人は年末年始休みたくないのだろうか…こんな仕事だしって割り切ってるのだろうか。行かななりませんと出掛ける人たち、店が休みだったら何してんだろ?昭和天皇が正月明けに亡くなったときはレンタルビデオ屋が繁盛したそうだ。
posted by みょうみょう at 07:27| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この1年間ほんと嘘の記録をよく書いた

今年も残すところあと4日である。私は年内で退職するので余計いろいろと忙しい。出さねばならない書類を全然出していなかったので、出せ出せと矢の催促なのである。1年間放っておいて、辞める今になってなに慌ててんだ?とちとおかしくもあるが。だって、もし辞めなかったらいったいいつ言うつもりだったんだよ、と思う。もちろん監査だ。決まってるな。とにかく書類というものは監査のためだけにあるんだから、鑑査がなけりゃ書く必要ないんだ。たまった書類を書いてだすのは、ガンコ面倒くさいが、監査さえ通ればいいので、元々デタラメなのだ。デタラメのくせに細かいとこ直せとか言うので、バカバカしくなり、自分もそれこそ自分なりにデタラメでいいやと思い、適当に書いて出した。何を思ったか、指導ヤローは、直してなくてもいいし、とにかく出せといいやがる。あんましうるさく言うんなら最後の最後、今まで書いて出した書類すべて、書き直して差し替えてやろうと思っていたのだが。なにせ、嘘のオンパレードだからな。この1年ほんと嘘の記録を毎日毎日よく書いたよ。毎日の介護記録から(老人ホーム勤務)ケアプランのケース会議記録(この1年いっぺんも会議をしたことはないが、しましたーって記録は何十書いたか…)までどれが嘘でどれがほんとだか自分でもわかんないくらいだよ。職員会議や各委員会などもそうだ。たまたまパソコンに入ってるのを見ると(回覧なし。この1年間議事録一度も見てない。最後に閲覧請求して見とくか。ってか、周知義務あるんじゃないのか?)笑えるほどの嘘っぱち。たまたま自分が出席した委員会だったのだが、こんな人参加してたっけ〜〜〜って人が数人出席したことになっていた。しかしなんだ、私は嘘をつかないなどと嘘をつくつもりはないが、仕事でこんなに嘘ついたのは初めてだなぁ。でも多いんだろうな、そんな人…嘘はあんまりつきすぎると、嘘ついてるって感覚はなくなるんだ。
posted by みょうみょう at 06:34| Comment(0) | 介護の愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「自分なり」とは都合のいい言い訳です

今年10月にケアマネージャーの試験を受けた。8月の終わりまで社会保険労務士試験に向けて勉強していたので、ケアマネ試験の勉強は9月から始めた。社労士は落ちたが、ケアマネは受かった。予想通りであるが、やはり無念である。何度か書いているが、くやしいのでまた書く。私は自分なりにいっしょうけんめい勉強したつもりである。受験雑誌を買ってCDを聴いて、問題集も3回くらいやった。自分なりに「勉強した」という思いはあった。だが、合格した人たちの話を聞いていて、「自分なり」という甘さを痛感した。全然意気込みも勉強量も違うのだ。始めた時期も違いすぎる。「自分なり」などという物差しはこのような実力のみがものを言う世界では、全く通用しないのだ。どれだけ自分なりにいっしょうけんめいやったところで、結果が出せなければ終わりなのだ。たったあれだけの勉強でやったつもりになっていたとは、幼稚園児が掛け算を覚えて得意になっているようなもんである。ケアマネ試験は職場から10人くらい受けたが、受かったのは私だけらしい。去年受けて落ちた人は「全然勉強してないし」「ここじゃケアマネなんて、資格持ってても使わないし(事実)」「まあ、始めたのが遅かったし」「元々やる気なかったし」等々、どうってことない、ただ受けてみただけというかんじだった。つまり言い訳はいくらでもあるのだ。私はとにかく、社労士試験に追われていて、ケアマネどころじゃないというのが正直な気持ちだったので、テキストさえ用意していなかった。気前よく貸してくれる同僚がいたので、そのテキストがいいのか悪いのかそんなことにかまってるひまもなく、限られた時間いっぱい勉強した。幸い社労士試験の勉強のあとだったので、範囲は非常に狭く感じたし、同じ社会保険なので考え方の基本はわかっていた。もちろん社労士試験にも介護保険は出たし。(その時点では、介護申請時に被保険者証を出すことも知らずに、主治医の意見書とかを選択式で選んでいた…)もしも社労士の勉強をしていなかったら、ケアマネの勉強がはたしてどれだけ理解できたかと思う。社労士試験で問われる介護保険はごく基本的なことだ。なのでケアマネの知識があるのは社労士として大いに役立つと思う。もちろん社労士試験に受かればのはなしだ。ケアマネと社労士では難易度は全く違う。職場で私以外の人がみんなケアマネ試験に落ちたように、社労士試験ではそれ以上に多くの人が落ちるのだ。合格率は10%を切っている。生半可な意気込みや勉強で受かる試験ではないということだ。どうだ、私わかったか!
posted by みょうみょう at 06:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

来年までドカ雪降るな!!

去年の今頃も同じような天候だったような。当たり前か…同じ場所で毎年天候が変ってたら大変だな、天変地異じゃないか。って、そういうことじゃなく!!(じぶん突っ込み)北陸では昔からドカーンと雪が積もるのは、年明けで年内はそんなでもないのだ。去年は12月中頃から降りだして大晦日はすっごい積もった。今年も今の降りかた見るともしかしたらそうなるかも…北陸地方に生まれ育っているんだから。雪ぐらいでビビらなくてもいいのだが、いやなのは職場の駐車場である。どれだけの積雪であろうと除雪車が入らない。道路はどんなに雪が降ったって、恐るるにあらずだが、職場の駐車場は危険このうえない。去年、出勤して思った。早いうちに辞めよう。ここで事故起こす前に辞めなきゃって真剣に考えた。私は老人ホームに勤務しているのだが、当然ながら365日24時間営業だ。トップは都合よくこの年中無休を持ち出して、だから大事な仕事なのだ、気が抜けないのだと言う。言うまでもないが、年中無休は施設であって、お偉方は土日祭日盆暮れはお休みである。自分たちが来ない日はどうでもいいらしい。お偉方の駐車スペースは事務方が雪かきする。特別スペースだからそのへんに雪を放り投げておけばいいのだ。だが他の従業員は、自分さえよければで雪かきをするわけにはいかない。20センチ近くも積もった雪を隣や前や後ろに放り出すわけにいかないのだ。本当に困った。泣きたいような気分だった。職員同士の駐車場での事故もあった。当然だ。この職場で自分を守るのは容易なことではないと思った。いろいろあって今年いっぱいで辞めることになった。30日が最後の夜勤となる。31日の明けの日、無事に職場を去りたい。
posted by みょうみょう at 05:40| Comment(0) | 愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬にはウィスキーがあったまってよいですな

先日久しぶりに岩盤浴へ行って来た。ほどよくじわじわと汗をかいた後は、ほんとうに気持よく、生ビールがおいしかった。フライドチキンとフライドポテトでお腹がいっぱいになり、あとはやることやって(年末なのでやることが多い)本でも読んで寝ようと思っていた。だが、うちに帰った途端、すごく飲みたくなってしまった。何がって?そりゃお酒に決まってます。しかも、なぜかブランデーとかが飲みたくなってしまった。飲みたいといったって、うちにはブランデーなんてしゃれたもんはない。コニャック飲みたい!と渇望するが(名前だけは知っているが、飲んだことはないので味は知らない)ないもんはないし、買に行くのも寒いし面倒くさい。仕方がないので、ウィスキーを飲むことにした。ウィスキーは時々コーヒーに入れるので(それ以外の用途はあまりない)買い置きがある。バレンタインの時期に、かわいさに惹かれてミニボトルをいくつか買うのでいろんな種類のがある。だがスコッチやバーボンは飲んでしまってない。あるのは山崎とか響とかだ。そんな気分じゃな〜〜い。ジャック・ダニエルとか、フォア・ローゼとかが飲みたい気分!!(あくまでも、そんな気分)でもごねてみたってないものはないのだ。ただのサントリーウィスキーをテキーラグラスにいれて飲んだ。ウィスキーってどんなグラスで飲むもんなんだろうか?私はアルコール度数20度以上くらいだと、なんでもこのテキーラグラスなのだが。コニャックが飲みたいと言ってたわりには、サントリーウィスキーがやけにおいしく、ロッテのチョコレートにやや不満を残しつつもご機嫌で一日を終えた。ウィスキーって体があったまる。ロシヤにウォッカがなけりゃならない理由は寒さか…なるほど。
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イルミネーションはきれいなほうがいい

私の住む町では冬の間、役場のまわりの木にイルミネーションが施される。色は青、黄色、緑、だいだいである。いつ見てもセンス悪いなと思う。センスのない私が思うのだからそうとうなもんだ。イルミネーションごときにセンスなんてあるのかと思う人もいるかもしれないが、色だけをとってみても、白っぽい光と黄色っぽい光と、緑やら青やらとでは全然違う。わが町の役場のはなんか、肉屋ってかんじがする。小さい頃近所の肉屋さんも、クリスマス近くなるとピカピカ光らせていたような気が…そんな気がするだけかもしれないが、とにかく肉屋ってかんじなのだ。パチンコ屋というにはしょぼいし暗い。派手さが全然足りない。品がなく派手さもない。品もなく、派手でもない私にこれだけ言われているようじゃ、役場そうとうひどいってことだぞ。中国返還前の香港の夜景はとても美しかったとか。返還後はそりゃまあ、中国のお祭り見ればわかるように、悪趣味の競い合いといったところですが、それはそれで中国らしくていいかも。ところで、ここ数年、フツーの家庭までがイルミネーション飾ってんの、あれどうよって思う。そりゃそのうちの勝手だってことはわかってんだけど、なに勘違いしてんだ?と思う。アメリカのテレビドラマシリーズの影響なのか?アメリカのちょっと小金のある家庭じゃ、光らせてるみたいだし。私からしたら、いい気になってるとしか思えませんが。(アメリカの小金持ちもです!って、決め付けてますが…)今年も各家庭やるんでしょうか?家庭用イルミネだけバカ高い電気料金にすればいいのにな。イルミネーションする家庭になんか恨みが?ないです…たんなるやっかみです…
posted by みょうみょう at 04:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職場用のコーヒーを家で飲んだらおいしくない

いつも飲んでいるコーヒーを切らしている。注文待ちのあいだ、夜勤のときに飲む1回抽出型のやつを飲んでいるのだが、おいしくない。夜勤の時には、おいしいともおいしくないとも思っていなかったのに…そもそもコーヒーの味がわかるような感性などない。舌もお粗末だ。なのにおいしくないと感じるのだ。これは舌で感じる問題ではないようだ。私の職場では、ポットのある場所に流しがない。共通のカップを使うと、他の場所まで洗いに行って元の場所に返しておかないといけない。それが面倒くさくてマイカップを使っている。お茶代を払っているので買い置きのインスタントコーヒーを飲めばいいのだが、いくら仕事中と割り切っていても、インスタントコーヒーだけで過ごすのは厳しい。そう思いドリップコーヒーを飲んでいたのだ。いちおう自分に気を遣っていたのだ。それなのにそのコーヒーを家で飲んだらおいしくない、ということは気持の問題なのだ。(おいしい〜コーヒーを仕事中に飲むのは、高級取りの人や、社長さんなんかであろうか)そういえば、以前乳幼児施設に勤務していたとき、これもまた夜勤中であったが、戸棚からマグカップを出してくるのが面倒くさくて、その辺にあった子供用のプラスチックのコップでコーヒーを飲んだら、あまりのおいしくなさかげんに困った。まずいというのではなく、とにかくおいしくない。おいしいと思えないのだ。くつろげないというか。ほんの少しの空き時間に一杯のコーヒーを飲むとほんとにフーッってかんじでおいしいのだ。そのおいしいコーヒーがカップひとつでおいしくなくなるのだから侮れない。そうはいってもこういうことは、気にする人は気にするし、気にしない人は全く気にしないようだ。職場の上司で、うちでは何を飲むときも同じマグカップという人がいた。私がカップ好きでコーヒー用、紅茶用、カフェオレ用などいくつもそろえていることを話したら、めんどくさ〜と言われた。幸せなのはどっちだろう…
posted by みょうみょう at 04:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

たかが喧嘩もここまででかいと面白い

きょう12月14日は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日である。

私は忠臣蔵がわりと好きで、義士らの墓がある東京高輪の泉岳寺にも、赤穂の大石内蔵助の屋敷にも行ったことがある。赤穂駅には、忠臣蔵関連のお土産がわんさかあり、青春18切符の旅で立ち寄った折には、我を忘れて買いあさった。

東京・泉岳寺では、討ち入りのこの日、線香が絶えないそうだ。庶民にとって、権力に弓を引き、義を貫き通した赤穂義士は、まさにヒーローである。拍手喝采で大人気なのだ。

私が赤穂義士に惹かれるのは、多くの庶民と同様に、義に生きて、義のために死んだその心意気である。悪役がはっきりしているのも気持がよい。吉良には悪いが、はっきり悪と決め付けられているからこそ、赤穂義士の討ち入りが光り輝くのだ。吉良の領地であった愛知県吉良町は今でも、12月14日を忌み嫌っていると聞いたが…

ところで、事の発端となったのは、赤穂藩主・浅野内匠頭が、江戸城・松の廊下で吉良上野介を斬りつけたことである。浅野がなぜ吉良を斬りつけたのか、その理由は今もってはっきりしないらしい。しかし、幕府は浅野の暴行を乱心とはせず、城中で己の恨みを果たしたとしている。つまりケンカであったとの認識である。にもかかわらず、当時の法である喧嘩両成敗とはせず、浅野だけに切腹を命じて、吉良にはなんのお咎めもなしであった。しかも浅野家は取り潰し。まことに不公平な裁定であった。
だが、こんなことはいつの時代、どんなところでもあることなのだ。

たかが喧嘩に過ぎぬ

主君のあだ討ちを果たした赤穂浪士を率いる大石内蔵助が言った言葉である。

吉良が浅野に嫌がらせをしたとかしないとか、斬りつけた原因はあるだろう。だが、浅野は赤穂5万石の領主なのだ。藩士や領民の生活に責任があるのだ。カッとなって暴挙に出るなど、許されないことなのだ。上に立つ人間が見境のないことをしてしまったために、下の者が大変な迷惑を被ったのだ。
だが人間何をしてでも生きていける。誰が殿様であろうが、ごはんが食べられればそれでいいのだ。

ところが、武士というのは、そうそう簡単にはいかないらしい。本音はどうであれ、建前は主に尽くすだ。主君が辱めを受けたのに、黙っていたのでは、男がすたるということか。男でもなけりゃ武士でもない人間にはわからないことだが、赤穂義士たちはそう考えたのだろう。

たかが喧嘩に過ぎぬ。しかし、これだけ派手に喧嘩をするというのは、庶民にすればすかっとする、やってくれるね〜といったところだ。大儀、正義、礼儀、仁義、なんでもいいが、義というものにとんと縁のない人間にとっては、なおのこと魅力的なのだ。

死んだらオシマイ、そんな不粋なことを言うやつだって、だからこそ、切腹で死んだにもかかわらず、お咎めなしで放免されたかのように喝采を浴びている義士たちが、羨ましいのだ。だって、人間は命惜しさに卑屈になるし、卑怯にもなるし、良心も捨てる。義などというものを知らない人間がほとんどである。赤穂義士は、自分には絶対できないことをやったのだ。バカバカしいが、天晴れだ。将軍綱吉はいい面の皮だが、庶民にとっては天晴れに違いない。もっとも、綱吉もあっぱれな者どもよと言ってたらしいが…

私はこういうくだらない、でかい喧嘩が大好きだ。

今度東京へ行ったら久しぶりに泉岳寺へ行き、お参りしてこよう。
posted by みょうみょう at 23:15| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月30日

年を取ったら無理をしてはいけない

21日に深夜バスで東京へ行き、2日間の研修を終えて深夜バスで帰ってきて、少し仮眠をとって夜勤の仕事に入る。明けの日は夜用事があり出掛けて22時ごろ就寝。次の日は休みだが、いろいろ行くところがあって一日中動き回る。次の日2日間は日勤と遅番の勤務であったが、とにかく一日中眠い。そうこうするうちにまた夜勤である。今日の明けは数時間眠って夕方起きる。ようやく頭がすっきりして、体の調子が元に戻ったような気がする。この1週間ずーっと眠たかった。いつも夜勤明けのようなぼんやりしたかんじだった。年を取って無理をすると、体はなかなか元には戻らないようだ。そろそろ深夜バスで東京へ行くというのはやめたほうがいいのかもしれない。年と体力を考えて行動しないといけないようだ。若いと、骨折で1ヶ月間入院しても、退院後わりと早く普通の生活に戻ることができるが、年よりは数日入院しただけで呆けたりする。年を取ると復元が非常に難しくなるのだ。今回の東京深夜バス研修でよ〜くわかった。
posted by みょうみょう at 21:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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