2011年08月30日

北朝鮮にはゆとりちゃんがいません

ゆとり”な新入社員たちの呆れた日常

4月入社の新人君も初めての夏休みを経て、ぼちぼち会社に慣れて“新人”のレッテルが取れ始めてきた頃ですが、慣れれば必然的にその人間性が出てくるわけです。いわゆる“ゆとり”な彼らのトンデモ話を集めてみたいと思います。

「取引先の接待中にいきなり携帯を取りだして話し始めて、『友達と飲みに行く約束してますんで……』と言って席を立ち、帰っちゃったんです。全員唖然として彼を見送りました。先方からは嫌味を言われるし、上司からは『どんな教育しとんじゃ!』とさんざん怒られました」(36歳・男・製薬会社)

プライベート重視は最近のトレンドか……。

「仕事の手順を説明したら頭がパニックになり、それ以来、その仕事の手順を説明するたびに顔面蒼白になる」(31歳・女・SE)

年々打たれ弱くなっていく男たち。草食というレベルじゃ語りきれない!

「タイトなスケジュールで外部の方に発注しなきゃならん案件がウチの業界は多々あるんですが、まぁ、そういう時って外注の方からはやっぱり『こんな進行じゃ無理!』とか『そのスケジュールじゃ無理だよ』ってな文句が出るんですね。で、そういった文句って“本当の文句”じゃなくて、軽口の叩き合いというか、お互いの妥協点を見つける作業みたいなもんなんですよ。でも、新人君はそういった軽口を真に受けちゃって……。で、彼はコネ入社で親御さんがけっこうな有力者だったんですが、その親から役員に電話があって、クライアントから外部のスタッフを巻き込んで一大事になりましたよ……」(35歳・男・広告制作)

親の威を借るバカ息子といったところか。

「会議に遅れて入ってきてプリンを食べ始めた」(29歳・男・金融)

普段は温厚な上司が鬼の形相でブチキレたとか。


「企画書を書かせるために会議の1時間前に出社するように言ったら、長文でいかに朝の一時間が大切かを送りつけてきて、結局出社しなかった。そして、会議では意味不明なマーケット論や経済学の用語を並べたレポートみたいなものを得意げに読み上げて失笑を買っていた」

最後に社長から「なかなかイイ論文だね」と“褒められた”とか。

「いくら社内の連絡メールとはいえ、小さい『ぃ』や『昨日の案件わ』とかギャル文字で書いてんじゃねぇよ!」(39歳・男・証券)

「今年入った新人の女のコ、平仮名の“ぬ”が書けなかった」(28歳・女・食品メーカー)

どうやら日本語が上手く使えない若者が多いというのは、事実なのかも。他にも「ギャル文字というか、誤字を指摘したらいきなり泣かれた」なんて話も。

「部署の飲み会でいきなりご飯(米)を食い始めて、勝手に〆に走られた」(33歳・女・デパート)

「新人の習わしとして、会社の飲み会の仕切りを任せることになってるんだけど、そのうち3人の新人から『お酒飲まないので、飲み屋とか知りません』って連名でお断りされた。マジで死んでほしい……」(34歳・男・家電メーカー)

こういった飲みの席でのマナーを知らないという話も多く聞かれた。

困ったチャンといえでも、将来は会社を、そして社会を背負って立つのは事実だ。今のうちからしっかり教育するのも“先輩”としての務めなのかもしれない。

文/テポドン


ゆとり世代の困ったちゃんのとんでもな話は面白いのだが、今回は別のことを考えた。6〜7年前、保育士をしていたころは、「いまどきの若い子」を目の当たりにして、時代は変わったんだなぁとため息混じりに思ったものだが、現在老人介護施設に勤務していて思うのは、この記事にでてくるようなゆとりちゃんなど皆無だということだ。よくも悪くもそういう新人はあっという間に淘汰されるからだ。ゆとりちゃんが働けるような風通しのいい職場ではないのだ。いまどきの若い子はあっという間に感化され、同化する。わが職場は北朝鮮なのだ。ゆとりちゃんが生きられないのはそういうわけだ。ちなみに介護業界は全体のレベルが恐ろしく低いので、一般の会社では非常識と思われるようなこともへいちゃらである。ひらがなの「ぬ」が書けないくらいなんですか。介護業界では年配者、ベテランがとんでもない言葉の誤用をしていて大威張りですよ!
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2011年08月23日

うまくいかないのは相手のせいか?

日経ビジネスオンラインより

鏡で世界一! コミーに学ぶ少人数マネジメント

日本の復興や日本人の将来を考えていく時にどんな本を読むべきか。大阪府知事特別顧問で、前東京都杉並区立和田中学校校長の藤原和博氏に、夏休みの間に中学生から大人にまで幅広く読んでもらいたいという本を5冊選んでもらった。藤原氏は今年だけでも既に70冊以上の本を読んだというほどの読書家でもある。毎週1冊ずつ紹介していく。

 このタイトルを見て、「なぜ、家族4人でもわかり合えないのか」とすかさず家族問題に置き換えた読者も多いかもしれない。とりわけ、幼児ではなく中高生を子に持つ親なら、無理もないと思う。

 「小さな組織だから一心同体」というのはまったくの誤解。と、この物語の主人公・コミーの小宮山栄社長は断言する。


『なぜ、社員10人でもわかり合えないのか』
日経トップリーダー編(日経BP社) 「家族だから一心同体」と決めつけることに無理があるのも、多様で、複雑で、変化の激しい成熟社会における現代の家族の実相だ。

 まず、コミーって何?という疑問に答えよう。

 読者がたとえコミーの名を聞いたことがなくても、その製品である特殊ミラーには日常的に出会っているはずだ。

 銀行に現金を下ろしにいく時、ATMの横に、操作するあなたの背後をワイドに映す小さなミラーがついていることに気づいただろうか。あなたを襲おうと後ろにひったくりが迫って来てはいないか、セキュリティを保証する鏡である。

 飛行機に乗った時に出会う、客室の上の方にある手荷物入れに貼りつけられた忘れ物防止用のミラーはどうだろう。背伸びをしなくても、棚の中に忘れ物がないかをチェックできるスグレモノだ。2010年度の英スカイトラックス社の顧客サービス調査では、「四つ星」評価を受けている航空会社のうち、半数以上がコミーの手荷物入れミラーを使用しているのだという。キャビンアテンダントにとってはテロ対策のツールにもなっている。

 そのほか、エレベーターの扉付近や駐車場の出口でも、平面鏡なのに凸面鏡並の広い視野をカバーするコミーの特許ミラーが活躍する。

 コンビニエンスストアやスーパーなどの天井や壁に付いている凸面鏡も、そのほとんどがコミーの製品だ。万引き防止に役立てたり、来店客に声をかけるタイミングを計ったり。最近は病院でも、患者や妊婦、病院スタッフ同士の廊下での衝突事故を防ぐため、コミーの鏡の人気が高まっていると言う。

 「ああ、あれか!」という読者のつぶやきが聴こえるようだ。

仕事がさっぱりできなかった小宮山社長
 次に、小宮山社長というのがどんな人なのかを紹介しよう。今度は、「あとがき」に載っている社長のつぶやきに耳を傾けて欲しい。

 『私は大学を卒業後、技術者ブームに乗り簡単にサラリーマンになったものの、ものすごいコンプレックスに悩まされた。「レポートが書けない」「図面が描けない」「しゃべれない」。はっきり言って仕事がさっぱりできないのである。私の上司は、もう私には頼まず、私の後輩に依頼するようになった。

 そうなると、周りの人間すべてが「小宮山はバカだ」「会社のお荷物だ」と言っているような気がする。こっちだってそれが嫌だから懸命に働き、欠点を隠そうとした。実にくたびれた。それに比べ、いつも通っていたラーメン屋夫婦の何と生き生きとしていることよ。

 とにかく辞めよう。脱サラというより「落サラ」だ。

 その後、思い違いや失敗ばかりしたが、看板で飯を食うようになるとは思わなかった。またその後、昔の機械屋だったことが役立ち、回転看板を作り、その後、回転ミラーそしてミラー屋になるとは思わなかった。また、さらに航空機の乗客や客室乗務員に役立つようになるとは思わなかった』

 世界に通じる会社を一代で築いたベンチャー社長である。

 でも、ビル・ゲイツやユニクロの柳井さんや楽天の三木谷さんとはだいぶ違い、地味だが、ほんのりとした味わいがある。ちょっと、安心できるでしょ。

 強烈なビジョンや、生き馬の目を抜く激しい事業戦略によって会社を造り上げてきたというよりは、試行錯誤のなかで一つ一つやってきたら、ここまで来た、という感じだ。

コミュニケーションが製品を磨く
 だから、ことさらコミュニケーションを重視する。

 お客様のいる現場で、徹底的に聞き込み、張り込みをして外から中へのコミュニケーションでタネを会社に引き入れる。このプロセスはまるで警察の現場検証のようだとも形容される。そのタネを今度は社内のコミュニケーションで磨き上げ製品化していく。ひとたび現場に導入されたら、どう使われるか、使われないのか、思い込みによる勘違いはなかったか、さらに聞き込み、張り込みをして確かめる。

 ひたすらそれをくり返してきた。

 だから、ミラー類も製品をまず売るのではなく、無料で2週間貸し出すことで、現場での見え方を確かめる「無料貸し出し制度」までつくってしまった。

 この本をビジネスパーソンが読む時には、関連する次の2冊をともに読んでもらったら「わかりあえないものを、どうわかり合えるようにするか」が深く理解できると思う。

 一つは、同じ日経トップリーダーがまとめた『星野リゾートの事件簿 なぜ、お客様はもう一度来てくれたのか?』(中沢康彦著/日経BP社)だ。軽井沢星のやの星野佳路社長が、いかに小淵沢リゾナーレ、アルツ磐梯スキーリゾート、北海道アルファリゾート・トマムなど破綻したリゾートを蘇らせていったのかが、やはりコミュニケーションからの視点で綴られている。

 もう1冊は、手前味噌ではあるが、その星野佳路社長とのコラボレーションで誕生した拙著『不可能を可能にするビジネスの教科書』(筑摩書房)である。

 この第1章では、リクルートという「超」のつく活性度で有名な会社が、どんなふうにそのカルチャーを維持しているか、どんなコミュニケーションを大事にしているか、星野リゾートとの共通点が語られる。活きのいい会社、コミュニケーションが豊かな会社、働きやすい会社、伸びる会社に共通する「社員を動機づける秘密」だ。ツボは、次に挙げる10個のポイントを押さえればいい。 

(1)ストロークを多くする
(2)フラットな組織
(3)社会貢献的な要素を打ち出す
(4)遊びの要素、学びの要素を強くする
(5)合理主義を突く〜「正解」ではなく「納得解」を
(6)情報の徹底的な共有〜バイトやパートに至るまで
(7)資格ではなく、意思によって任せる
(8)一人一人の動機づけをサボらない
(9)ビジョンを共有する強い組織は、必ずある種の「宗教性」を持つ
(10)シンボルをマネジメントする(この項目だけは、秘中の秘に属するので、本当に理解したい人は、文春文庫『リクルートという奇跡』と『つなげる力』を合わせて読んで、具体的なケースを学んでください:笑)

 コミーという会社においても、このほとんどをコンパクトに実現しているのである。私は実際に訪問したことがあるので、驚かされた。

 さて、冒頭に紹介した「なぜ、家族でもわかり合えないのか」に関心のある親には、「わかりあえないものを、どうわかり合えるようにするか」の親子での解決法に関心が向くはずだ。

 最後に私から、その1つの方法を提示してみようと思う。

 親と子の[よのなか]科を、家族で試してみることだ。

 子供とともに触れ合う日常の世界の中で、「なんだろう、これは?」とか「どうしてなんだろう?」と疑問の湧くテーマを見つけて、子どもたちに問いを投げかける。ディベートするほど大げさなことでなくてもいい。ちょっとした日常の事件から、次の展開をお互い推理するようなワクワク感があれば最高だ。

「なぜ?」と問いかけてみよう
 まずは、コンビニの天井から吊るされたミラーを指して「あれ、何のためにあるんだろうね?」と問いかけよう。銀行に一緒に現金を下ろしにいったなら、「このミラー、平面なのに後ろがワイドに見えるよね、不思議だね」と。もし、あなたの息子や娘が推理ゲームに乗ってきたら、この本を読んでいたあなたは、「実は、こうらしいよ」と胸を張って池上彰なみのコメンテータを気どれるだろう。

 ファミレスに入って混んでいたら、待っている間に「なんでこんなに賑わっているのかなあ。この店の何が魅力なんだろう?」と問いかける。逆にいつも空いているなら、潰れる時期は早いかもしれない。「なんで人気がないんだろう?」は子供のマーケティングマインドをくすぐるかもしれない。

 日常的に触れ合う不思議は、じつは子供の周りにいくらでもある。コンビニ、百均(100円均一)ショップ、ハンバーガー屋、TSUTAYA、ブックオフ、ケータイ、アニメ…日常はよのなかを学ぶワンダーランドなのに、それに気づかぬ子も多い。

 こういう授業はナマの学びだ。学校では普通、教えてはくれない。

 この面白さに気がつけば地域社会での日常は[よのなか]科の教材に溢れている。その、身近なよのなかを教材にできるかどうかは、お父さんの工夫次第なのだ。

 百均ショップでは、親子みんなで500円ずつもって「最も価値ある買い物大賞」を決めるゲームをやるといい。幼児は風船ばかり5つ買うかもしれないし、小学生なら遊びの道具や手品セットかもしれない。お母さんは台所実用で固め、お父さんは趣味買いをするだろう。お互いのキャラの違いが買い物に現れ、家族といえども「それぞれ一人一人」が異なる価値を持つことに、改めて子どもたちも気づくだろう。

 そんな時、ふと見上げれば、コミーのミラーに家族が映っていたりするのである


特養ホームに勤務している。職員同士、職員と利用者、(ときに利用者同士が)みながてんでに違う方向を向いていて、何をするにも非効率的だ。こういうとまるで効率的なのがいいように聞こえるが、効率的にするべきところはそうすべきだし、効率的にするべきではないところはそうすべきではないのだ。問題は、効率がなんなのか誰もわかっていないし、ほんとのところどうでもいいと思っていることである。コミュニケーションは全く機能していないが、コミュニケーションを取れとよく言われる。なにがなんだか、もうどうにでもなれってくらいわけわかんない職場である。私自身、職場を批判しながら、客観視できず、いっしょに踊ってる。従来型の特養で職員の数が多いからうまくいかないかというと、全然そうではなく、ユニット型の特養に勤務しているときも、こんな少ない人数でなぜこんなにもコミュニケーション不全に陥ってしまうのか?といつも思っていた。私こそこの本を読むべきだと思った。
posted by みょうみょう at 10:55| Comment(0) | 新聞・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

会議ってなんであるのかな?

日経ビジネスオンラインから

無駄な会議は「老廃物」
[1]ダブついた幹部や管理職の口実になってないか

 「いやぁ、横山さん…」

 誰もいなくなった会議室で、私は営業部長から熱い握手を受けた。言葉にしなくても、それが「感謝」の気持ちであることが伝わってくる。

 営業コンサルタントとして私の役割は、組織の中にいてはなかなか言えないことを第三者として客観的に表現することにもある。

 「取締役のお2人、この会議室から出ていってください。今後、営業会議にお2人はご出席いただく必要はありません」

 この会社の営業会議には、営業部長と6人の営業課長、そして2人の取締役が必ず出席していた。

 「現場は何やってんだ!お前ら、どうやって若手の教育してるんだ。やって見せ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ、っていつも言ってるだろうが。課長がもっと自ら動かないとダメなんだ!」

 取締役の恫喝が会議室に響き渡る。課長たちは神妙な顔で聞いているふりをし、部長は書類から目を上げない。そんな場面を腐るほど見てきたから分かることがある。この会議に、この人たちはいらない。この取締役2人がこの席からいなくなれば、毎週の会議は2週間に1回へと減らすことができ、3時間以上続く会議も30分まで減らすことができる。本来リーダーシップをとらなくてはならない課長たちの士気も上げさせることができる。


「会議総コスト」を90%削減させる

 営業成果を上げるためには、いくつかの戦略がある。その重要な武器の1つが「脱会議」。

 私が提唱する「脱会議」とは、『会議の「数」、会議の「時間」、会議の「参加者」を2分の1に削減し、「会議総コスト」を90%削減させる』こと。

 脱会議を促進させれば、リアルコミュニケーションが増え、報告・連絡・相談が活発になり、指示待ち人間が減って組織が活性化する。もちろん労働時間は減り、家庭へ戻る時間が早まり、家族でのコミュニケーションが増える。個人のワークライフバランスも好転する。何より会議依存経営を続けていると意思決定スピードが遅くなり、日本企業は国際競争力を失いかねない。

 世の中には、「会議のやり方」を変えるという提案がたくさんある。私も「会議ファシリテーション」の本を何冊も読み、参考にさせてもらっている。その上で発言するが、素人が会議をうまくファシリテーションすることはきわめて困難だ。

 出席者全員のアイデアを発散させ、収束させ、意志決定させる。これを上手にこなして会議を活性化することは重要だが、一般企業のマネジャーの中でこのようなファシリテーションスキルを身につけられる人材は10%もいない。年に2〜3回研修を受けたら誰でも体得できるのならば「ファシリテーター」の専門家が存在する意味がなくなる。

 それよりは会議を劇的に削減して、年2回のプランニング会議の時だけは、プロのファシリテーターに依頼すればいい。日常的な会議の「質」を向上させることにこだわりすぎても、あまり意味がない。次回以降のコラムに詳しく記すが、会議を実施することのメリットよりも、デメリットの方が大きすぎるからだ。

 とにかく回数を減らし、出席者を減らし、時間を短くする。メソッドがシンプルであるし、何よりも分かりやすい。マネジャーのスキルに依存することなく実践できる。組織内コミュニケーションが活発化し、意思決定スピードが速まるのだから、企業競争力がアップする一番いい戦略だと考えている。


ハーフタイムに選手はうつむかない

 例えば営業会議ならば、2週間に1回、30分だけいい。

 営業の最終的な目的は、目標予算を達成させること。会議はその道具の1つでしかない。いわば試合中のハーフタイム。監督から的確に指示を受け、選手間で戦略を共有していくためのもの。そのハーフタイムで決まった戦略を基に、試合に入れば選手一人ひとりが自分で判断して動いていく。ハーフタイムが試合より長かったり、ハーフタイムで選手がうつむいているスポーツなんて見たことがない。

 けれども、会議で営業現場に出る時間を削ってしまう会社があったり、長い時間叱責したり、ダラダラと意味のない時間にして、逆にメンバーの気持ちを萎えさせてしまうマネジャーがいる。

 今はスピードの時代。現場にいる選手が細かいパスをつないでゴールを決める。これが現代のやり方。ハーフタイムに明け暮れているチームに明日はない。
「会議の数、会議の時間、会議の参加者を2分の1に削減し、会議総コストを90%削減させよう」

 こういう大胆な発想を講演などで話すと、たいてい大ウケする。若手社員だけでなくマネジャーや経営者からも支持を受ける。「そうそう!」「会議なんてほとんど意味がない」だが、実際に実践するとなると、腰が引ける企業がほとんど。総論賛成、各論反対だ。また、

「会議の定義とは何だ?」
「なぜ90%なのか? その根拠は?」
「会議をやめればいいとは限らない」

などと声高に抵抗する人が、雨後のタケノコのように登場してくる。


リアルタイムな報・連・相が見られるように

 それは単なる「現状維持バイアス」がかかっているだけである。受け入れたくないから瞬間的に反論したくなるだけのこと。多くの人はいつも現状を維持したい、という思いを無意識に抱いている。「現状のやり方に問題がある」と認めたくなかったり、新しいことを始めるには不安を感じるものだ。

 まずは「脱会議」を宣言して実施してみることだ。最初はどんな組織も戸惑い、不安を抱く。何しろ大胆に会議を削減するのだから、コミュニケーション量が減ることによる副作用を懸念する。しかし気付いてみると、削減されたコミュニケーションは、単なる「マネジャーの一方的な演説」であったり、「会議資料の読み合わせ」であることがほとんど。双方向の「対話」「議論」「問題提起」などの有益なコミュニケーションまで減ったかというと、意外にそうでもない。

 私の管理者研修に参加される企業にも「脱会議」を実践してもらっている。最初は半信半疑だったり、抵抗する企業も少なくない。でも、実践してもらった後に「やっぱり会議はもっと何度も必要だし、長い方がいい」という言葉は1度も聞いたことがない。

「あんなに『報・連・相をしろ』と口酸っぱく言ってもダメだったのに、会議をなくした途端にリアルタイムな報・連・相が見られるようになった」

「指示待ち人間が減っていった。部下から声をかけられる回数が増えてうれしい」

「会議を減らしても、何1つ問題がない。今までが何だったのかと思うと、腹が立ってくる」


「情報伝達」の会議に存在意義はない

 営業会議に限らず、会社では毎日どれだけ多くの会議が行われていることだろう。役職ごとの役員会議、部長会議、課長会議…、部署をまたいだ商品開発会議、品質管理会議…、あるいはタスクフォース型のプロジェクト会議…。何をしているのかとのぞいてみると、ほとんどが「進捗報告」か「情報共有」。どんな部署でも同じ。どんなプロジェクトでも同じ。

 会議が始まる前と、終わった後に、どのような変化があるのか。どのような改善が実施され、どのような成果が手に入るのか。まるで分からない会議ばかりである。この高度情報化時代にただの「情報伝達」するための会議に存在意義はない。そのことに気付いてほしい。

 組織改革の相談に乗ってほしいという依頼はたくさんある。しかし多くの経営者、マネジャーは忙しく、なかなか相談に乗れる時間を確保できない。スケジュール調整しようと私の部下が電話するのだが、「いつも会議中で、全くつかまりません」と言われる。

 会議中毒の経営者やマネジャーを観察していると、会議をして移動して、会議をして、また移動して、さらに新幹線や飛行機に乗ってまで移動して会議を繰り返す。会議のために資料を作り、会議のために打ち合わせをして、会議のために根回しをする。

 会議が増えすぎて人を増やし、やがてその人たちが新しい部署を作る。その部署の構成員が作業を効率化させたいと問題提起し、さらに会議をし、情報システムを導入しようという発言のもとに検討会議が始まる…。

 IT企業との打合せを連日繰り返し、同じように困っている部署もあるだろうからと各部署の責任者が呼ばれ、そのシステム導入がなぜ必要なのかの説明会議を催す…。まさに「会議地獄」。しかしその事実に気付かない企業がほとんどだ。

 少子高齢化が問題視され、現場で働く若い人材が減り続けている。その一方でマネジャークラスや事務局部門は会議三昧である。ここに投下されたコストのツケはもちろん顧客が支払っている。

先日、ある会社の管理部門の人と話をした。せっかく導入したシステムがうまく使えていないので大変な問題になっている。このような相談内容だったので、1度研修をしましょうかという提案をした。

 すると「その件について、ゆっくりお話できるのは3月になります」と言われた。一瞬、頭が真っ白になった。時期は6月である。なぜ9カ月先にならないと「ゆっくりお話ができない」のか。

 しかし、しばらくして理由が分かった。この担当者と話をしてから2カ月が経過し、すでに8月に入ったが、いまだ1度も連絡がつかない。部下が毎週のように電話やメールをしているのだが、ほとんど会議を理由に話ができない。単純に居留守を使っているだけと思い、部下がアポイントなしで訪ねてみたところ本当に1日中会議に明け暮れているのである。しかも電子メールの受信トレイには毎日100通ほどが届いており、とてもすべて見ていられないとのことだった。

 ご自身はとても忙しそうだ。しかし客観的に見ていると、会議の中で取り沙汰されているテーマが何一つ前に進んでいないことに気付く。会議では報告ばかりで、前回の会議で報告された内容とほとんど変わっていないことにも誰も気付かない。ひどい場合は、会議資料の更新さえもされていない。

 このような日々を送っていると、「自分の仕事」を誤解することがある。つまり会議に参加すること、会議をうまく取り仕切ることが自分の仕事と思ってしまうのだ。本当は会議と会議の間に実施している作業が仕事であるのにもかかわらず。従って会議に焦点が当たっている人と一緒にいると、正しく仕事は進まない。


「会議難民」には現場回帰してもらおう

 さて冒頭で紹介した、取締役2人を営業会議から追い出した会社。営業会議は2週間に1回、30分というルールに加え、その他の戦略も功を奏して、営業パーソンの現場での活動量は3倍に増えた。課長も部長も現場に出る機会が増え、相互のコミュニケーションが活性化し、高速にマネジメントサイクルが回り始めた。つまり現場での細かいパスの精度とスピードが飛躍的にアップしたのだ。

 毎年、予算の達成率80%だった営業組織が、安定的に100%を見込むようになっている。結果が出ているので、現場にも社長にも大変喜んでもらっている。

 先日、例の取締役を廊下で見かけたが、心なしか背中が小さくなった気がした。会議から追い出し、彼らが渡り歩く会議も次々と取り上げてしまったことで、私は彼の仕事を奪ってしまった。

 脱会議を進めることで、彼のような「会議難民」が生まれることがあるかもしれない。会議とは、年齢構成的にダブついている幹部や管理職、管理部門にいるメンバーに平等に与えられる既得権益である。逆に考えれば、会議があることが、現場と向き合わなくてもよい言い訳となっている。彼らは会議を取り上げられた以上、現場回帰して仕事をしていくしかない。

 無駄な会議は、いわば「老廃物」。体に老廃物がたまれば、肌荒れ、むくみ、肩や腰のコリに悩まされることになる。会議に明け暮れ、そのこと自体に何も疑問を覚えない人は自分自身が組織の老廃物になっているのかもしれない。そう考えると、オフィスに初めから設置されている「会議室」は、恐ろしく不健全で、虚栄に満ちた空間に思えてくる。

 さて、次回は「会議総コスト」について踏み込んで解説する。会議を実施する上で費やされるコストは、会議内の時間だけにとどまらない。その後ろ側には膨大なコストが浪費されていることも知っておくべきである。


私は特養に勤務しているが、こんな現場第一の職場でさえも会議というのは非常に多い。毎朝の朝礼(申し送り事項の他介護部長が小言を言う場である。小言といっても愚痴のような可愛げのあるものではなく、口汚く罵るやり方)、月に一回研修会といっしょにある職員会議(各委員会からのお知らせなどの他やはり介護部長の怒りの鉄拳が振り下ろされる場)、その後のフロア会議(これが一番ダラダラしていてイラつきムカつく)、月に一度の委員会(時間外手当を出したくないばかりに、勤務時間中にやるので現場が回らなくなる。しかし会議に出る職員は当然のように、行ってきま〜すと言って出て行く。そして内容はどうでもいいようなことをダラダラダラダラ話し続けている)こんな会議に比べれば、夏祭りの出し物として嫌々やっていたヨサコイの練習のほうがまだましである。
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2011年08月16日

嫁と夫の劣化は同時進行らしい

参戦せずにはいられないような記事発見。

嫁を劣化させる夫】の共通点
(SPA! 2011年7月19日号掲載) 2011年7月14日(木)配信

週刊SPA!6月7日号にて【嫁の劣化問題】について取り上げたところ、嫁たちから抗議の声が殺到した。「お互い様だろ! このボケ!」「あんたも鏡を見ろ!」から「すべての原因はオマエにある!」「もっと稼いでこい。話しはそれからだ!」まで、どうやら嫁たちの逆鱗に触れてしまったようなのだ(当たり前だ)。そこで、嫁たちの反論に耳を傾けてみたところ、「嫁を劣化させる夫」像というのが見えてきた。その共通点とは?

その(1)「夫の年収が500万円未満」
⇒世の中、カネだ! カネさえあれば、嫁は劣化しない……のか!?

その(2)「夫が結婚後に10kg以上太った」
⇒劣化嫁の夫の75%以上が自分も太っていた!

その(3)「独身時代は実家暮らし」
⇒家事ができない夫の嫁は劣化が早かった!

現実を知ったとき、我々は嫁の反論に深く頷き、そっとその場を去ったのであった……。

せっかくなので「嫁を劣化させない夫」についても明かにしておこう。セレブ妻の幸子さん(仮名・42歳・夫の年収2000万円)はこう証言する。

「仕事のデキない男は嫁を劣化させます。デキない男は『優先順位がつけられない』『自己コントロールが苦手』なため、感情や欲望に流される。つまり、仕事も生活もメリハリがつけられないため、水はどんどん低いほうへ流れていきます。反対に、仕事ができる夫の嫁は劣化しません」。

仰るとおりです、はい。夫婦はやはり鏡なのだ。劣化妻には劣化夫、新鮮さをキープしている夫婦は常に努力を怠らない。当たり前といえば、当たり前。なんとも耳が痛い話であるが、より詳しく知りたい方は7月12日発売の週刊SPA!7月19日号をご一読願いたい。

文/犬飼孝司(本誌)


その他の記事として、結婚後劣化する嫁の恐るべき実態だの、嫁にしたら必ず損する女の共通点だの(その1その2〜その17ぐらいまである!)目からウロコの嫁メンテナンス術とか、いろいろある。それにしても嫁も夫も勝手言い放題である。われ鍋にとじ蓋というのがピッタリである。記事を次々と読み進むうち、参戦する気は失せて、人のフリみてわがフリ直せの気分になり反省。
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2011年08月04日

60代の人が「てなもんや」や「シャボン玉」、「ゲバゲバ」をなつかしがって何が悪い?

日刊ゲンダイに気になる記事があった。(ゲンダイばっかし読んでるように思われるかもしれないが、必ずしもそうではなくて、ただいつもその辺に放ってあるのでついつい…)これだけは言わせてくれというコーナーで、桧山珠美さんという人が、60代の、もう一度見たいバラエティー番組が「シャボン玉ホリデー」や「夢であいましょう」、「てなもんや三度笠」であることに憤慨しているのである。1位の「8時だよ!全員集合」以外は見たことがないので、それがどんなに素晴らしい番組だったといわれたところで、知るよしもない。若者はテレビを見ないし、テレビを見ている老人は「てなもんや」しか認めない。これじゃあデジタル化してもお先真っ暗だ。ということだが、この人が何を騒いでるのかさっぱりわからない。60代の人が昔見たテレビ番組をなつかしがるのがそれほどお先真っ暗なことなのか?桧山さんは「オレたちひょうきん族」すらないと言うが、60代の人たちが見てたとしたら30代〜40代なわけで、あんなもん大人が見て面白いと思うシロモノじゃないよ。この人の視野の狭さにはうんざりです。たかがゲンダイですが、非常に不愉快な記事である。いったいこの人いくつなんでしょうか?
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おばさんは女性ではないのか!?

日刊ゲンダイに気になる記事というか文章というか言葉があった。コンビニ生態学というコーナーがあるのだが、コンビニ客の面白い生態を店員から聞き出しリポートするというものである。とある地方都市のコンビニに勤務する22歳の浅岡君(仮名)は、毎夜9時ごろから集まりだす地元の不良中学生に困っている。店の前に座り込んで鼻くそをほじりながらボンヤリしている、坊主頭にドクロみたいな剃りこみを入れてるやつは自転車に乗せたラジカセでラップをデカくかけ始める、等々この時期(夏休み)は特に不良のたむろが著しい。どこのコンビニでも見られる困った光景である。コンビニ店員としてはなんとかしたいものである。それはわかる。だが、その後のセリフ「これでは、女性やおばさんが敬遠しますよ」ってなんですか!!??女性とおばさんは別物なんですか?!あえて分けてるのはわざとじゃなくて、ごく普通に言ったらこうなったんでしょうね。おばさんとしては、面白いけど(思わず吹き出したが)許せません、こんな表現。ゲンダイがなんのツッコミもしてないのも腹が立つ。若い女性客や年配の主婦っていうならまだしも。おばさんは女性ではないのですかい?ないんだろうね22歳の浅岡君にとっては。タバコを注意したら、翌日もやってきたので、復讐かと思い身構えたら、うまい棒を買っておとなしく帰った。子どもらしいお菓子を買ったので笑えた、というのがオチであるが、そんなことよりも浅岡君!!おばさんもちゃんと女性のカテゴリーにいれてくださいよ!!
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2011年07月29日

ゆとり世代の困ったさんは国際的な問題なのか?!

またまたみつけました、ゆとり世代の困ったさん。しかも海外で。さっそく記事を紹介します。

香港でもゆとり世代が社会問題に「エアコン弱いから仕事辞めます」
(SPA! 2011年7月25日掲載) 2011年7月29日(金)配信

80年代半ば以降生まれの、いわゆる「ゆとり教育世代」が社会人になり、職場で数々の問題を起こしていることは、近年、日本で問題となっている。

しかし、事情はほかの国でも同じようだ。香港の経済紙『經濟日報』によると、香港で「80后」(1980年以降に生まれ世代)の新入社員やインターン生が引き起こす問題が社会的に注目を浴びているという。そこには「上司の言うことを聞かない」「出社拒否を繰り返し、復帰初日に辞表提出」「チームの上司や同僚は残業するのに、自分だけ残業しない」などなど、日本と共通の問題を抱えているようだ。

同紙に掲載された経営者や採用担当者の声を紹介すると……。

「10時出勤、19時退社なのに『門限が18時半なので、無理です』と堂々と宣言した新入社員の女性がいた」

「インターンとして雇った実習生を上海支社に派遣したら、初日から『ホテルの部屋が汚い、会社のエアコンが弱すぎる、同僚が嫌な人間だ』と不満を言い、配置換えを要求してきた女子大生がいた。5つ星の高級ホテルでも用意しろってこと? この世代の人間は自分たちが『消費者』という認識が強く、不満があればすぐ辞めてしまう」

「ある上場企業の副社長が、就職を控える大学生を前に『いかに一生懸命、勉強して今の地位を築いたか』と説いたところ、ある学生が『俺たちが求めてるのはワーク・ライフ・バランス。なぜ努力して出世しないといけないのか、俺たちは企業の奴隷じゃない!』と叫んだ。聞いていたほかの学生から拍手喝采が沸き起こった」

「香港から上海のメディア関連会社にインターン生として送り込まれた女学生は、上司に『仕事のために国際電話を使用します』と告げ、オフィス内でたびたび電話をしていた。しかし、実は香港にいる彼氏に長時間、長距離電話をしていたことが判明。会社側は数万元(数十万円)にも及んだ電話代を大学側に要求した」

どうだろう? 香港も日本も状況はそっくりのようだ。

同紙は「香港は80年代以降、高度に成熟した消費社会になったため、生活環境が豊かになったせい」だとしている。また、こうした問題は世界各国で起こっていると指摘する。世界中で蔓延しつつあるゆとり社員の問題は、地球規模の“課題”といえるのかもしれない

文/バーナード・コン(本誌特約)


日本だけじゃないどころか世界中で起きている現象なのか?!
世界中がゆとり教育を行ったのか?そんなわけないか…じゃあ、コンさんが指摘するように、高度に成熟した消費社会が原因なのか?おそらく韓国、中国あたりも同じようなものだと思うが、ロシアやブラジルなどの若者もだろうか?欧米の若者も同じようになっていたのか?世界各国の中身が気になるところだ。
posted by みょうみょう at 14:39| Comment(0) | 新聞・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

無性に食べたくなるもの

「突然、無性に食べたくなるチェーン店のメニューランキング」の男性編・女性編というのが興味深かった。

男性・女性共に第1位はマクドナルドの「フライドポテト」である。男性が2位3位に吉野家などの牛丼が入っているほかは、5位まで同じで、ケンタッキーの「オリジナルチキン」ミスタードーナツの「ポンデリング」、王将の「餃子」である。対象年齢は20代である。40代の私にはあまり、あるいはほとんど縁のないお店・食べ物ばかりである。年齢差を感じる。私にとってフライドポテトというのは、太くてカリッとしてホックリだが、マクド世代にとってはしんなりフニャフニャがフライドポテトなのだろう。おそらくコロッケなども同じであろうと思われるが。それにしても、無性に食べたくなるものには、てきめんに世代の他食生活というか、食歴、育ちというものが表れるな。まずそもそも私はチェーン店と限定されたら困る。20代は母の作る家庭料理と限定されたら困るだろうな。手作りおやつも頭をかかえるんじゃないか?朝食メニューとかだと菓子パンやゼリー、ヨーグルトなどコンビニ商品がいっぱいでてきそうだな。マクドナルドのハッシュポテトとか、ベーグルサンド、マフィンあたりも多そうだな。土日のマクドは家族でいっぱいだから。
食に関する嗜好というのは本当に面白い。

なんか無性にカレーラーメンが食べたくなった。スープの付いてないサリ麺ていう韓国のインスタントラーメンがもちもちしていてとーってもおいしいのです。コンソメスープとかをてきとうに入れて食べるといいかんじ。鍋に入れる麺らしいけど。やっぱり私はうちで作るものが無性に食べたくなる。おばちゃんやもん。
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ジャンクフード税

ハンガリー、ポテトチップスなどに税金

 【ジュネーブ=佐藤昌宏】ハンガリー議会で11日、ポテトチップスなどのスナック菓子や高カロリーの清涼飲料水など健康に良くないとされる加工食品に課税する新法が成立した。

 新税は「ジャンクフード税」などと呼ばれ、世界保健機関(WHO)は、この種の税はデンマークに続き2例目ではないか、としている。

 同法では、砂糖を大量に使った「栄養飲料」1リットルあたり250フォリント(約107円)、スナック菓子1キロ・グラムあたり400フォリント(約170円)が課税される。施行は9月1日。

 WHOの2008年の統計によると、ハンガリー国民の肥満率は成人男性26・2%、成人女性20・4%と高い。

 政府報道官は「新税の目的は国民の健康増進のため」と強調している。だが、新税の導入で今年だけで50億フォリント(約21億4000万円)の歳入増が見込めるとの試算もあり、昨年、財政危機が発覚した同国では「真の狙いは財政再建」との指摘も出ている。


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これいい。健康増進と財政再建の両方に効果あるならいいではないか!!
だが、お菓子や飲料水メーカーは反対しなかったのか?日本ならカルビーやコカコーラなどが猛反対しそうだが。それにしてもハンガリー人はデブ率高いな。東欧の人ってやせてるイメージが強いのだが。ジャンクフードで太ったのか?あんまり豊かじゃないんだな…だって、金持ちはヘルシーで高価なものを食べてるもんね。廉価なジャンクフード食べて太るのは貧乏人だからね今の時代。アメリカでも貧困層はジャンクフード食べて酒飲んでタバコ吸って寿命縮んでるっていうし。
これで肥満率が下がるかどうか興味津々。
posted by みょうみょう at 09:15| Comment(0) | 新聞・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

24歳で過労死なんて…

「庄や」役員に損害賠償、絶えない外食産業での過労死

東洋経済オンラインからの記事です

 従業員の過労死をめぐる裁判で、会社と役員個人の責任を認める判決が再び下った。上場企業で役員個人への損害賠償が認められるのは、極めてまれな事例となる。

 損害賠償を命じられたのは、「庄や」「日本海庄や」などを手掛ける居酒屋チェーン大庄と、平辰(たいらたつ)社長ら役員4名。2007年4月に同社へ入社後4カ月で心機能不全により死亡した、吹上元康(ふきあげもとやす)さん(享年24)の両親が起こした訴訟だ。10年5月25日の京都地裁に続き、11年同日の大阪高裁でも大庄側が敗訴した。

 両判決では大庄と役員4名に連帯して約7860万円の支払いを命令。被告らは11年6月8日、控訴棄却を不服として上告し、判決内容は最高裁まで争われることになった。

 裁判の大きな争点は、元康さんの長時間労働と死亡の因果関係だ。元康さんは入社4カ月で月平均276時間働き、うち平均112時間の時間外労働をしていた。大庄側は、元康さんの睡眠時間が短かったこと、酒量が多かったことなどを死亡原因として主張。だが一、二審とも裁判所はそうした事実を否定し、「被告会社の安全配慮義務違反等と元康の死亡との間に相当因果関係があるものと認められる」と断じた。

 被告らが負うべき責任範囲についても厳しい判決が下された。

 大庄は新卒募集の際、基本給ともいうべき給与の最低支給額19万4500円に、「80時間の時間外労働」を組み込んでいた。つまり、時間外労働として80時間勤務しないと不足分が控除される仕組みだったが、就職情報サイトには「営業職月給19万6400円(残業代別途支給)」と記載。また、労使協定で例外として時間外労働を認める三六協定(労働基準法36条)では、6カ月を限度に1カ月100時間の時間外労働を許容していた。そのため、例外である時間外労働を給与の最低支給額に組み込む、“残業ありき”とも捉えられかねない給与体系だった。

 こうした状況に対し、一審は「(会社は)労働者の労働時間について配慮していたものとは全く認められない」とし、さらに「取締役は(中略)労働者の安全に配慮すべき義務を負い、それを懈怠して労働者に損害を与えた」と言明。会社法429条1項の「責任を負うと解するのが相当」と述べた。



80時間の“過労死ライン”経営判断か、命と健康か

 これに対して大庄側は二審で「(中略)各店舗の店長や地域ごとの管理責任者による労働時間の把握によって安全配慮義務を果たすことが合理的である」と補充主張を行った。

 二審は会社法上の責任に加え、現行の労働環境下で「(役員は)現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していた(中略)にもかかわらず、控訴人会社(=大庄)にこれを放置させ是正するための措置を取らせていなかった」として、民法709条の「不法行為責任」も認める、一審よりも踏み込んだ判決を言い渡した。

 元康さんが亡くなった当時から管理本部長を務める水野正嗣専務は「飲食業は季節や時間ごとの繁閑差が大きく、一定程度の時間外労働を認めざるをえない。現場の労働時間を役員が把握するのは難しく、今回の判決が通れば他業種の会社経営にも影響が及ぶ」と、納得しない。

 一方、原告である、亡くなった元康さんの父、了さんは漏らす。「何でこんな会社に入れてしまったのかと思う。二審でも役員の責任が認められたことはうれしいが、本当は刑事裁判を起こしたいくらいだ」。

 原告側の弁護士を務める松丸正氏は、「この判決は、過労死ラインを超える三六協定や賃金体系を取っている企業に対し、大きな警鐘を鳴らした」と指摘。厚生労働省が月80時間と定める“過労死ライン”を順守することの重要性を強調する。

 二審の大阪高裁の判決はこう続く。三六協定や賃金体系の体制作りが「経営判断事項」とする大庄側に対し、「責任感のある誠実な経営者であれば、自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、(中略)義務があることは自明」とした。


こういう記事を読むと、介護業界というのはキツイ・汚い・危険?の3Kといわれながらも世間の厳しい風とは無縁の職場なんだなあと思う。介護業界に流れてくる人は必ずしも他に仕事がないわけではなく、福祉以外の娑婆世間があまりにも厳しいことを知っているのだと思う。私は保育界から転職しただけでも介護界のラクさを実感している。需要が圧倒的に多い介護業界ではいくら仕事がキツイといったところで、残業というものはそれほど多くはないのだ。いくら契約に移行し、利用者と職員が対等の関係になったといったところで、そんなものは建前で、金を出している年寄りに対して、金をもらって働いている介護者が横柄な態度で威張り散らしているのが介護施設なのだ。松本「元」復興大臣のことを介護職はとやかくいえた義理ではない。
少し労働法を勉強している自分としては見過ごせない記事であった。
posted by みょうみょう at 12:24| Comment(0) | 新聞・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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