2011年03月27日

映画『私の中のあなた』

キャメロン・ディアーズ主演の「私の中のあなた」(原題MY SISTERS KEEPER)は、白血病の娘のために、‘ドナー’用の子どもを体外受精で作る話である。‘作られた’妹は生まれたときから、白血病の姉のため、幾度も手術を受け、体のいろんなものを提供させられてきた。11歳のある日、医療措置を拒否するとして、両親を訴えるのである。17歳の姉はドナーの提供がなければ死んでしまう…母親(キャメロン)はパニックになる。だが、実は姉はすでに終末期で、手術を受けられるような状態ではなかった。そして、妹の訴えには真実が隠されていた…
姉のケイトは5歳のときに発病。ものごころついたときから病気なのである。自分が家族から全てを奪っていることが、ケイトには堪えられなかった。母親は弁護士というキャリアを捨て、自分のために尽くしている。父親からは妻を奪い、兄は失読症なのに、二の次にされていた。妹は自分の体を犠牲にし、姉の世話をしている… 「かわいそう」そんな言葉を口に出すのもはばかられる。ものごころついたときから、死が日常的にあり、毎日が闘病であるというのはどんなかんじなのだろう。想像もつかない。家族に難病の患者がいるって、どれほど大変なことなのだろう。生まれたからには、必ず死ぬということが、理屈ではわかっている。それならなぜ死を恐れるのだろう?本当は死ぬということがわかっていないからかな?わかっていたら早くても遅くてもいっしょのはず。それとも死に方の問題?わからない。死に方は生き方ってこと?私には、死を意識させるような体験があまりなかった。ほとんどの人がそうであろう。もしかしたら、ほとんどの人は死なないと思ってるのかな?
姉が亡くなったあと、妹はこう言っている。「ケイトが亡くなってなにかが変わったわけじゃない。私にはすばらしい姉がいた。ただそれだけ。」
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2011年02月26日

仁義なき世界の、仁義ある男たち

「仁義なき戦い・頂上作戦(4作目)」は名ゼリフの宝庫です。

事業を取るか、極道を取るか、決断を迫られた組長打本は、「わしは、どっちかっちゅうと、事業1本でいきたいんや…」と気弱に言います。助っ人である梅宮辰夫演ずる神戸・明石組の岩井が言い放つのが、次のセリフです。

「そうですか。勝手にしたらええですわ。そやけど言うときますわ。前を向いても崖。後ろを向いても崖。あん じょう、正念入れて歩きいや。」

往生際が悪いと、逃げたところで助からないということです。身につまされるセリフです。

山守組長の策略にはまって、7年の刑期をつとめることになった広能。一方山守は1年半。なんら実りのない戦いが終わり、広能が言うのが次のセリフである。

「間尺に合わん仕事したのう」

ケンカ相手の山守組若頭・武田もしょうもない組長のために一文無しとなって、刑期をくらっています。
極道渡世も堅気もなんら変わるところがないように思えます。

@「広島極道は、芋かもしれんが、旅の風下にたったことはいっぺんもないんで」

これは、広島のケンカに神戸が口出しをしたとき、言い放つセリフです。この後には、「神戸のヤツはネコ1匹通さん」ときます。

A「喧嘩相手に金貸す馬鹿がどこにおる。この呆け」

ケンカ相手の親分が、電話で襲撃を知らせてきて、そっちの親分の命助かったら、2千万ほど融通してくれと頼むのに対し、怒鳴りつけて電話を切るシーンのセリフです。面白いのでのせてみました。


B「枯れ木に山がつぶされるわい」

よその組員が助っ人に来たはいいが、飲めや歌えやで、勘定は全部組みに押し付けてくることに対し、「枯れ木も山の賑わいというがのう」と苦々しく言い放った後のセリフです。「いくら兵隊がおっても、銭がなけりゃケンカはできんのじゃ」と、そうとう苦りきっています。
兵隊と銭と、両方がいるのですね。極道の世界だけではありませんな。

以上3つは、小林旭演ずる山守組若頭・武田のセリフである。この4作目は武田が非常に渋く、きまっています。それぞれのシチュエーションで、絶妙なセリフが光っています。

最後に、3作目代理戦争、4作目頂上作戦より、エンディング・ナレーションを紹介します。

「戦いが始まるとき、まず失われものは若い命である。
   そして、その死がついに報われた例がない。

   こうした死を積み重ねつつ、広島やくざの抗争は、
   さらに激しく拡大の一途をたどっていったのである」


  「こうして広島抗争事件は、死者17人、負傷者26人、
   逮捕者役1,500人をだしながら、なんら実りなき終焉を迎え、
   やくざ集団の暴力は、市民の秩序の中に埋没していった
   のである。

   だが、暴力、そのものは、いや人間を暴力に駆り立てる
   社会矛盾は、決してわれわれの周囲から消え去ったわけではない」




posted by みょうみょう at 18:15| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

「仁義なき戦い」から人生を学ぶ

「仁義なき戦い」のシリーズ3作目、代理戦争を見終わったところです。名セリフが多いのには驚きます。DVDを見ながらメモしていたのですが、いいと思うセリフは、多くの人が同じようにいいと思っているのですね。ネットで検索するとでるわでるわ、急いでメモしなくてもよかったのである。3作目までの名セリフを紹介します。

1作目

 「おやじさん、云うとってあげるが、あんたは初めから、
  わしらが担いでる神輿(みこし)じゃないの。
  組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。
  神輿(みこし)が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや、
  のう!」

 「わしらの云うとおりにしとってくりゃ、わしらも黙ってこのまま担ぐが、
  のう、おやじさん、喧嘩は銭がなんぼあっても勝てんのですよ!」

松方弘樹が演ずる山守組若頭の坂井が親分に言い放つセリフです。かなり有名なセリフで人気があるようです。経営戦略支援サイトなるものに、ヤクザ映画に学べ!とあり、部下あっての上司であると説明されています。なるほど。こんどうちの部長にも言ってやるか(って絶対ムリ!)


坂井(松方弘樹)
「昌三、わしら、どこで道、間違えたんかの。
 夜中に酒呑んでると、
 つくづく極道がイヤになっての、足を洗うちゃる思うんじゃ。
 朝起きて、若いもんに囲まれていると、
 夜中のことは、ころっと忘れてしまう・・」

広能(菅原文太)
「・・・最後じゃけん、云うとったるがよ、狙われるもんより、
 狙うもんの方が強いんじゃ、そがな考えしとったら、スキができるど」

極道の世界でなくとも一緒です。仁義なきシリーズがこれほど人気があるのは、それがヤクザ映画というよりも、一般社会そのものを描いているからではないのか…と思ってしまいます。若頭坂井はのし上がりますが、射殺されてしまいます。


「男が世に立つ以上は、人の風下に立ったらいけん。
 一度舐められたら、終生取り返しがつかんのがこの世間いうもんよ、のう。
 ましてや侠客渡世ならなおさらじゃ。
 時には命を張ってでもという性根がなけりゃ
 親分といわれるような男にはなれんわね。
 のう、新開さん、あんたも男になりんさい!
 わしがなんぼでも応援してあげるけん」

こういった言葉を間に受けたらいかんよという教訓です。しかし、このような言葉(男云々)に踊らされる人間はけっこういるものです。どこで習ったのか、このようなことを思っている男というのはどこの職場にもいるのではないでしょうか。

2作目

「広島にやくざは、ふたつもいりゃあせんのじゃ」

このセリフに説明はいりません。


3作目

「知らん仏より、知ってる鬼のほうがましじゃけんのう」

実生活で使うときには、知らん鬼より、知っとる鬼のほうが…のほうがしっくりくるがな。

最後にナレーションを紹介します

「戦争という大きな暴力は、消え去ったが、
    秩序を失った国土には新しい暴力が吹き荒れ、
    戦場から帰った血気盛りの若者たちが、
    それらの無法に立ち向かうのには、
    自らの暴力に頼るほかはなかった」

以上、経営戦略支援サイト

   プランドゥ・アシストさんから多く引用させていただきました。 
http://www.pd-assist.com/feature/jingi_end.html           
posted by みょうみょう at 21:33| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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