2011年12月31日

晴れ着姿での初詣がなつかしい

40回ほどのお正月を経験しているのだが、印象に残っているのは、小さい頃のことばかりだ。いつもは近所のお寺なのに、あるとき着物を着せてもらって、街のほうにある護国神社へ行ったことがあった。美容院で髪までセットしてもらったのだ。嬉しかった。神社はすごい人出でびっくりした。元旦なのでお店はどこも休みで、唯一開いているパチンコ屋の食堂で昼ごはんを食べた。覚えているのはこれだけのことなのだけど、着物を着せてもらってうれしかったことと、食堂で食べたカツカレーがおいしかったことが印象深い。6歳下の弟はまだ生まれていなかったのか、小さいので、家にいたのか、全然記憶にない。姉と私の晴れ姿だけがやけにはっきりしている。神社に初詣に行かなくなってからどれくらいだろうか。日蓮宗創価学会に入ってからは、すっかりご無沙汰だ。日本人は仏教と神道の両方を信仰しているというが、それは浄土真宗の人達で、日蓮宗は違う。だから神社への初詣は完全にノスタルジーである。創価学会は、昔はお寺に行っていたのだが、今では破門された身なので行けない。私には、そこのところがまだよく理解できないのだが。あと50分ほどで今年も終わりだ。
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2011年12月30日

生まれ育ったところ

ここ数年、実家には時々顔を出している。長い間盆暮れだけだったのだが、数年前にばあちゃんが死んで、父と弟夫婦(子ども二人)だけになり、ちょっと心配なのだ。父は糖尿病で、週3回透析に通っている。目は相当悪く、家の中でならなんとか生活できるが、外は危ない。弟のお嫁さんが出産で実家に帰ったままなかなか戻ってこなかったときは、2ヶ月に1回ほど掃除に通っていた。朝早くに家を出て、まず墓に花を添えてお参りする。それから掃除(主にこれである)洗濯、買い物、料理(いっぱい作ってタッパーに小分けしておく)で一日が終る。たまに2連休を利用して泊りがけで行くときは、ちょっと時間に余裕があるので、近くの喫茶店でコーヒーをのんだり、田尻池まで白鳥を見に行ったりする。白鳥は少なく、鴨ばっかりだが。しかも食欲のわかないやせた地味な色の小ぶりな鴨ばっかり。野鳥の鑑賞で食欲がわいても困るのだが…。今でも地元の池多小学校の子どもたちが世話をしているようだ。私が小学生だった30年前に比べて、白鳥の数はずいぶん減っている。あのころは、池一面真っ白な鳥で埋め尽くされていたような。世話をしているおじさんが、パンなどの餌を大量に与えたことで、鴨ばかりがくるようになったと、こぼしていた。某パンメーカーが賞味期限切れのパンを提供したということだ。長い間、開発から取り残され、全然発展しないところだと思っていたが、すぐ近くにインターチェンジができたことで、変りつつある。だが、昔は辺鄙な場所ながらも、生活用品や食料品の店は揃っていたのだ。今ではローソンがあるばかりで、肉屋も八百屋も文房具やクリーニング屋も農協もない。車がなけりゃどうにもならない、「本当に」不便な場所になってしまった。
小学生の頃は自転車で坂を上るしかなかった三熊(さんのくま)という山の上にある温泉に車で行ってみた。休憩所は年寄りばっかりだった。近くの人たちだろうか。天文台もあり、子供向けにいろいろ企画をやってるみたいだ。夏に一度行ったことがあるが、楽しかった。天文台のまわりが真っ暗で気持がよかった。
高校生まで生活していたのに、思い出すのは小学時代のことばかりだ。なんでだろう。
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2011年10月12日

運動会といえばリレーでしょ!!

運動会の種目といえば「リレー」に決まっています。小学校まではかけっこを得意としていた私にとって、運動会のリレーは花形競技でした。脚は短いほうだったので、回転の速さでスピードを上げていました。全校生徒130人ぐらいの小さな学校だったので、運動場は狭くトラックは100メートルしかありませんでした。なので狭苦しいところで走るのや、せいぜい50メートル走が得意なのです。リレーも走る範囲は50メートルほどでした。私が小学生だったころは、まだバリバリ競争が盛んで、借り物競争や障害物競走、玉入れなどご愛嬌競技でも勝ち負けは重要で、負ければそーとー悔しかったです。リレーは最終種目で、得点が拮抗していれば逆転の大チャンスですから盛り上がらないわけがありません。特にアンカーはみなの期待をいっしんに背負ってますから、抜かれでもしようものなら、たとえそれが相手チームの選手でも同情しました。自分のチームが勝つことはもちろん嬉しいのだが、ラストで抜かれるということがどれほど屈辱か、自分もリレーの選手であっただけによ〜くわかっていました。リレーの選手とはチームの枠を越えて連帯感がありました。私はリレーで抜かれたことが一度だけあり、そんとき抜いた子の町内の人たちが、その子に対して太鼓を打ち鳴らして大きな拍手と声援を送っていたことを今でもありありと思い出します。私も悔しかったけど、私の町内の人もそーとー悔しかったと思います。かなわない相手がいることを実感したときでした。世のなかにはどれだけ努力してもできないことがあります。短距離競争なんてその代表です。悔しい悔しい、でも受け入れるしかない事実でした。白組と赤組しかなかったけど、運動会の後はしばらく友達関係もギクシャクしていました。負けたときには、大の仲良しの友だちが、勝ったチームのヤツというだけでくやしーーーくて面白くないのです。数日で元に戻りますが。競争心むき出しでがつがつしていた時代のなつかしい思い出です。
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2011年09月23日

秋祭り

勤務する老人ホームに獅子舞がやってきた。町内の秋祭りである。ちょうど昼時で、職員の人手も足りず、私の担当するフロアでは、2〜3人の利用者が相談員に連れられて玄関前まで見に行っただけである。私はホールに残っていたのだが、ひと目獅子の舞姿を見たいと思い、廊下を走って他のフロアへ行くと、ベランダに出ている人がいたので、いっしょに見せてもらった。ほんの数分であったが、気分が晴れた。仕事が終わり帰宅すると、自分の町内でも獅子舞をやっていた。そういえばここ数週間、夜になると太鼓や笛の音が聞こえていた。秋祭りの時期だなと思いつつ、忙しさですっかり忘れかえっていた。ごはんを食べてすぐに家を飛び出した。近くでやっておりしばらく立って見ていた。獅子舞に参加しているのは小さな子どもや若い人たちばかりであった。新しい住宅街なんだなあと実感した。私の実家の富山では、町内に若い人があまりにも少なく、青年団と言うものがなくなってしまった。代わりに獅子舞保存会というものができ、年寄りが中心になってやっている。子どもや若い人は数えるほどしかいない。だが、獅子舞そのものは昔から変らず、なつかしい音色を聞かせてくれる。こればかりは他の地域のものとは比べ物にならないくらい自分の生まれ育った町のものがよいと思う。きっと誰もがそうなんだろうけれども。小さい頃はわが家のすぐ隣が公民館だったので、獅子舞の練習の音は生活音のようだった。笛や太鼓の音はもちろん、ドタバタと跳ねる足音も、なつかしい。小さい頃は一大イベントであった春と秋のお祭りも、大人になるとおざなりになってしまった。若い子たちの元気な獅子舞を見ていると、小さい頃をなつかしく思い出した。今日一日よい天気で本当によかった。
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2011年09月05日

妻は夫の過労死を狙っているんだな

イケダン合戦で過労死寸前

日刊ゲンダイの記事である。イケダン?なんだろうと思ったら「イケてる旦那」のことらしい。
イクメンは子育てを手伝う旦那だが、イケダンはそれだけじゃなく、仕事と家事を両方こなし、なおかつ愛妻家でもある男をいうらしい。当然ながらイケメンである。なんだ、女(妻)にとって都合のいい男(夫)ってことか。くだらない。だがおもしろかったのでちょっと紹介しよう。

横浜の新興住宅街に住む隣近所の5人の夫が(全員アラフォー)、イケダンぶりを競い合っている。妻は皆専業主婦。働く夫が早朝6時に洗濯物を干しているのだ。われこそがイケダンとか言って競争しているうちに起床時間がどんどん早くなったとか…土日は誰が一番早く布団を干すか、庭の芝生を刈るのは誰が一番か、我が子をビニールプールで遊ばせるのが早いのは…といったかんじだ。専業主婦の妻は昼寝でもしてるのか?ありがたい話だが、???だ。妻と夫の立場が入れ替わっただけみたいだが。

もう一人。都内のマンションに住んでいるAさん(39歳)は、同じアパートに住むイケダンBさんに敵対心を持ち、一人相撲をしている。(私の勝手な解釈)近所の公園で、コンビニで買ったいなりずしを親子でほうばっていたとき、シャンパンを飲みながらサーモンのサンドイッチを食べていたのがBさんで、それが気に食わなかったそうだ。Bさんのゴルフの腕前がシングルと聞けば、テニスを再開。Bさんが家事はなんでもこなすと聞けば自分もすすんでやる。Bさんの奥さんがキャリア公務員であると聞けば、お前も何か資格を取れと妻に言う。Bさんの奥さんが産後ダイエットに成功したと聞けば、お前もやせろと妻に言い、とうとう妻に切れられた。Aさんはイケダンどころかバツイチになりそうだとか。

笑えないけど笑い話です。やはり女と男の立場が入れ替わったとしか思えない。なんか、数年前のアメリカのテレビドラマシリーズ「デスパレートな妻たち」を思い出してしまった。妻たちの狙いはイケダンの過労死だな。
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2011年07月09日

梅雨が明ければ気分は夏休み

北陸地方はどうやら梅雨が明けたらしい。数日前からなんとなく夏のにおいがするなぁと思っていたのだ。いかにも夏休みです!といわんばかりのあのにおい。いくつになっても甦るあのワクワク感。社会人でしかも介護の仕事をしている私には数日程度の夏休みでさえ無縁なのに、なぜかそわそわして、楽しいことがいっぱいあるような気がしてくるのだ。小学校のときの楽しい夏の思い出がいつまでもいつまでも残っているようだ。宿題で苦しんだ思い出はない。というか忘れたのかもしれないが。宿題をやらない罪悪感は低学年の頃にはあったように思うのだが、高学年の頃などは、全くしないかテキトーにチョチョイのチョイで済ますかだった。6年のときなど、新学期の始まる9月1日の早朝に友達と近くの川に写生に行き、超テキトーに描いて提出した。ドリルみたいなものは、たしか友達のを丸写ししたような…いるんだな、終業式の日にすべてやってしまうってやつが。そして気前よく人に貸してくれるんだ。読書感想文は友達のをこれまたテキトーにつまんでテキトーにつなげたような。なんかここまで書いて、今の自分がダメな理由がわかったような気がした。怠惰というか狡猾でいいかげん…せっかくの夏休み気分に水を差してしまった。えーっと、小学1、2年のときはこんなんじゃなかったんです!お菓子の空き箱を使って、お姉ちゃんに手伝ってもらいながら街を作ったり、岐阜県にあるいとこの家に遊びに行って高山植物の押し花を作ったり、絵日記を描いたり、漢字のドリルをちゃんと自分でやったり(小3のときにはすでに友達にやらせていたが)なんだりかんだり、とにかくちゃんと普通にやってたんです!つまり生まれつき怠惰なわけでもないんです!きっとお母さんの教育がなってなかったんです!(母はすでに亡くなっているので苦情がくる心配はない)
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2011年06月22日

説教が上手にできてこそ一人前のお坊さんですよ

私の実家は富山の在所にある。住民のほとんどが浄土真宗の信徒である。葬式や法事にくるお坊さんはいつもいっしょで、小さいときから日曜学校でもお馴染みのおじさんである。私が小さい頃は地域での活動で十分であったらしいが、今では需要が少なく他の県まで出向くことが多いということだ。数年前、祖母が亡くなったとき、お坊さんは新潟に出掛けていた。お通夜には来られるということであったが、帰る途中の道で事故があったらしくどうもお通夜に間に合いそうにないと連絡があった。ピンチヒッターでお坊さんの奥さんと、すぐ近くに住むお弟子さん?が来ることになった。お弟子さんは私が小学生の頃から知っているお兄さんである。お兄さんといっても今では40代半ばのおじさんだが、お坊さんとしてはまだなんだか危なっかしいかんじがする。葬儀のとき一緒に読経しているのは見たことあるが、説教は聞いたことがない。読経までは心配なかったのだが、その後の説教が心配になった。お兄さん、うまくできるのかな…なんといっても突然のことだ。案の定お兄さんはしどろもどろになっていた。つっかえつっかえ、祖母の生前のこと(働き者であったとか、しっかりものであったとか)などを話すのだが、代わってあげたいくらい窮していた。お坊さんの話を聞きながらあんなに気を揉んだのは初めてた。いつもならお釈迦様の話だの、どこぞの教訓などを聞かされて足の痺れと眠たさ、退屈さと闘っているのだが、あのときばかりは我がことのように汗をかいた。話がなんとか無事すんだときはほんとにホッとした。後日寺の娘である友人にこの話をすると、笑いながらも寺の娘らしく厳しいコメントが返ってきた。お坊さんは突然話をふられても対応できるように、常日頃から話のネタなどを仕込んでおかなければならないとのこと。彼女のお父さんは、よく知ってますね〜そんなこと、というほど若者向けの話題に通じている。説教のこやし?のため新聞や各種雑誌は欠かさず読んでいるとのこと。お兄さんはまだまだ修行が足りないようだ。
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2011年05月18日

見える人と見えない人がいるのは霊だけではない

小学校高学年の頃から中学2年の終わりまで、じいちゃんばあちゃんと別居し、父母、姉、弟と私の5人は貸家に住んでいた。最初は町のほうにある小さな貸家にいたのだが、お母さんの知り合いのつてで郊外の尼寺に移った。家は広く庭もあっていいのだが、古いのと大きな仏壇の後ろに位牌がいっぱいあるのが怖かった。私と姉は2階にそれぞれ部屋をもらい、両親は茶の間の横の座敷を使っていた。夏の間だけは、暑いので姉と二人、仏壇後ろの小部屋で寝ていた。位牌も慣れるとそれほど恐ろしいとは思わなくなり、フツーに前を通っていた。ある日の真夜中(たぶん)ガタガタガタというものすごい音がした。戸か何かが揺れているというか、とにかくガタガタと鳴っているのだ。しっかり目をあけるのが怖く、薄目で隣に寝ている姉を見て助けを求めた。姉はグーグー気持よさそうに豪眠しており、ガタガタ事態にはまったく気づいてない様子。どれくらいの時間ガタガタいっていたのかわからないが、止んだ。ぎゅぎゅぎゅーーーんと目をつむってガマンした。いつの間にか寝てしまった。朝起きると、戸は壊れていないし位牌はちゃんといつもの場所に並んでいた。なんだったんだろ、あのガタガタは?だが、不思議なことにあんまし怖い気がしなかった。こんなこともあるんだな、誰かの霊だったのかな、いたずらかな、なにかのお知らせかなと神妙な気持になった。お寺なので敷地にお墓もあるし、霊が漂っていてもおかしくはないのだ。姉のようにどれだけ霊がいても気づかない幸せもの?もいればシックスセンスのコール少年みたいに見えすぎる人もいる。でもこれって霊だけじゃないよね。ある人には見えるのにある人には全く見えない。実は世の中の全てがそうなのかもしれない。いやいや万人に同じように見えるものもあるって?なぜわかる?同じように見えてるってなぜわかるんだろ?
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2011年05月15日

夏がくれば思い出す、すずむしのことを

小さい頃、夏になるとすずむしが忽然と我家にあらわれた。(少なくとも私にはそう思われた)ばあちゃんが主に世話をしていたようだ。切ったなすびを割り箸に刺して入れておき、こまめに取り替えていた。ケージに入った何十ものすずむしが夜になるとリーーーーン、リーーーーンと騒ぐのだ。うるさいといえばうるさいのだが、毎年のことである。朝のニワトリが鳴く声、キジバトの鳴く声、カエルやカラスの鳴く声などといっしょである。ドドド田舎の我家にいる以上聞こえてくる音なのだ。うるさいもへちまもない。我家の階段には上り口にドアがついていた。夜中階段を降りているあいだリーーーン、リーーーンと大騒ぎしているすずむしが、ドアを開けた途端、ピタッと静かになる。なに?あんたら私が来たからって急に静かになって、かんじわる〜いとは思わなかったが、不思議だった。廊下を歩き出す頃にはまた騒ぎ出すのだ。ドアを開けて階段を昇る頃には、私なんかまるでいないかのようにまた大騒ぎ。かんじわる〜なんてね。夏が終わり、秋も深まると、いつのまにかすずむしはまた忽然と(少なくとも私にはそう思われた)姿を消した。すずむしはどこからやってきてどこへ去って行ったのか…
posted by みょうみょう at 22:28| Comment(2) | お・も・い・で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

女らしいことが恥ずかしくてできない女の子

中学生の頃、男っぽい友人がいた。同じ陸上部であった。私がブラブラタラタラとうだつのあがらない長距離をやっていたのに対し、その子は砲丸投げでいい成績を残していた。砲丸投げが得意なくらいであるから、体格はよい。性格もさっぱり男系である。その子の家に遊びに行くと、少年ジャンプや少年サンデー、少年マガジンなどの男の子向けのマンガ雑誌がいっぱいあり、部屋も男の子っぽかった。少女マンガとかには興味ないのかなと思い、聞いてみたところ、本屋でそれら女の子向けの本を買うのが恥ずかしいとのこと。私にしたらジャンプ買うほうがよっぽど恥ずかしいことだが…新鮮というか不思議であった。私には、そんな男みたいなこと恥ずかしくてできん!というようなことは平気で、女の子ならみんなするだろうというようなことは、恥ずかしくてできないようだった。この手の女の子というのはそれほど珍しくはない。中学、高校ぐらいまでわりといる。そういう子にとって、いかにも女の子〜〜というかんじの子は、苦手なようだ。フリフリの洋服を着て、髪は長く、ガキのくせに男に媚び、女の嫌なところを早くもかもし出している女の子は、嫌いとかムカつくというよりも、「苦手」なのだ。友人も、砲丸を飛ばす豪腕を持っていながら、ブリ子には頭が上がらない様子だった。私と一緒にブリ子の悪口は言うが、本人の前ではいい友達を演じていた。私はごく普通の女の子どもであったが、友人からは、おまえ素出さんかい〜〜、ぶりっ子しとるやろ〜と突っ込まれていた。たしかに私と友人の会話は中学男子そのものだったので、少女マンガを読んだり、その当時人気だったチェッカーズに夢中になってる私というのは、「作ってる」とかんじたかもしれない。だが、それだって私なのだ。ところで、友人は高校卒業後、婦警となった。警察勤めは似合っているが、婦警というのはいまひとつ…
posted by みょうみょう at 11:18| Comment(0) | お・も・い・で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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