2011年12月30日

時間通りに終えないと全てが台無しに

ためになる話が聞けて、時間通りに終る。
この二つが揃えば「いい会合だったな」と思えるもの。
せっかくのいい話も、冗長になっては感動も半減してしまう。大勢の人を相手に話すときは、時計を気にするべきだろう。
       聖教新聞・名字の言より

私はもっぱら聞く専なので、いつも同じようなことを思っている。会議なるものは多いが、時間通りに終えようと考えている人はまったくといっていいほどいないからだ。いたとしたら、自分の都合がある人だ。それと、管理監督の地位にある人もだ。職場では、経験の長いベテランでも、だらだらしている。部長などは、やることがあるので、いつも時間になったら、では、とか言って立ち去る。まかされた社員は、他の人が帰りたいと思っていることがわからないのか、(どうやらわからないみたいだ)いつまでも話し続けている。他の人がしゃべっているにしても、終ろう、しめようとは思わないようだ。だが、実際自分が会議を開催する立場になったら、やはり同じじゃないかなと思う。自分がしゃべることしか頭にないのだ。自分自分、自分のことでいっぱいなのだ。感動半減どころか、もう、なんで終らないのかって、そればっかりが気になって、今までの話し合いなんて、もうどうでもよくなってしまう。聞いてるうちは好きなことが言えるが、しゃべる側になったらあやしい。よく肝に銘じておかねばならないことだ。この点、学会の座談会はえらい。時間オーバーは今のところほとんど経験がない。みんな見事に時間通りに終る。見習うべし。
posted by みょうみょう at 14:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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