2011年12月30日

生まれ育ったところ

ここ数年、実家には時々顔を出している。長い間盆暮れだけだったのだが、数年前にばあちゃんが死んで、父と弟夫婦(子ども二人)だけになり、ちょっと心配なのだ。父は糖尿病で、週3回透析に通っている。目は相当悪く、家の中でならなんとか生活できるが、外は危ない。弟のお嫁さんが出産で実家に帰ったままなかなか戻ってこなかったときは、2ヶ月に1回ほど掃除に通っていた。朝早くに家を出て、まず墓に花を添えてお参りする。それから掃除(主にこれである)洗濯、買い物、料理(いっぱい作ってタッパーに小分けしておく)で一日が終る。たまに2連休を利用して泊りがけで行くときは、ちょっと時間に余裕があるので、近くの喫茶店でコーヒーをのんだり、田尻池まで白鳥を見に行ったりする。白鳥は少なく、鴨ばっかりだが。しかも食欲のわかないやせた地味な色の小ぶりな鴨ばっかり。野鳥の鑑賞で食欲がわいても困るのだが…。今でも地元の池多小学校の子どもたちが世話をしているようだ。私が小学生だった30年前に比べて、白鳥の数はずいぶん減っている。あのころは、池一面真っ白な鳥で埋め尽くされていたような。世話をしているおじさんが、パンなどの餌を大量に与えたことで、鴨ばかりがくるようになったと、こぼしていた。某パンメーカーが賞味期限切れのパンを提供したということだ。長い間、開発から取り残され、全然発展しないところだと思っていたが、すぐ近くにインターチェンジができたことで、変りつつある。だが、昔は辺鄙な場所ながらも、生活用品や食料品の店は揃っていたのだ。今ではローソンがあるばかりで、肉屋も八百屋も文房具やクリーニング屋も農協もない。車がなけりゃどうにもならない、「本当に」不便な場所になってしまった。
小学生の頃は自転車で坂を上るしかなかった三熊(さんのくま)という山の上にある温泉に車で行ってみた。休憩所は年寄りばっかりだった。近くの人たちだろうか。天文台もあり、子供向けにいろいろ企画をやってるみたいだ。夏に一度行ったことがあるが、楽しかった。天文台のまわりが真っ暗で気持がよかった。
高校生まで生活していたのに、思い出すのは小学時代のことばかりだ。なんでだろう。
posted by みょうみょう at 07:56| Comment(0) | お・も・い・で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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