2011年07月29日

昭和5年12月10日の新聞「新愛知」

数年前ばあちゃんが亡くなったとき、箪笥の中を整理していたら、黄ばんだふるーい新聞が出てきた。もーっ、ばあちゃん20年も30年も前の新聞しきっぱなしにして〜と広げてみたら、なんと80年以上も前の、昭和5年の新聞であった。新愛知という地方新聞である。はて、ばあちゃんは愛知県になんぞ行っていたことがあったのか?お父さんに聞いてみるが、さあのぉ、女工の出稼ぎにでも行っとったがかのぉとのこと。ばあちゃんはまだ20歳前である。気が遠くなりそうだ。それはともかく、あまりによれよれでボロボロなため、のばして図鑑に挟んでおいた。以来すっかり忘れていたのだが、昨日急にその図鑑を見る用事ができ、本を開くと、しわののびた新聞がでてきた。さっそく読んでみると、雑誌『婦人公論』の広告、薬や洗剤の広告、病院の広告などが載っている。右から左に書いてあり、旧かなづかいなので非常に読みにくい。株式欄には日産、鐘紡などの名がある。陸軍の異動や朝鮮総督府の来年度の予算なども出ている。12月10日の新聞なので、「歳末捕り物全集」の見出しで、各地の物取り逮捕が載っている。なんか呑気なかんじだな。大竹博吉さんという人が(誰だろう?)冬のモスクワというタイトルで、回想を書いているのだが、「モスクワの並木公園は、春には小暗い木蔭から、ちゅっちゅっと接吻(キッスとルビがふってある)の音が漏れてくる!エロチシズムの修羅場だ」とあり、長閑だなあと思った。カフェの女給さんの生活なども書かれていて興味深い。タイトルは「女子大出身の女給さん」である。かつてこの新聞が世の中に出ており、ばあちゃんが読んでいたのかと思うと不思議な気がする。(ほんとのところ、ばあちゃんは読んでなくて、紙が貴重な時代だったので、なんかに使おうと思って持ってただけのような気もする)ひとときのタイムトリップであいた。
posted by みょうみょう at 15:25| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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