2011年12月28日

わが家の出来事トップ10

わが家の出来事トップ10

1 新築の家に引っ越したこと

  今度こそモノを買い込まないようにしなきゃ…

2 2歳の女の子がやってくること

  ずーっといる予定。いずれ嫁に出す予定。嫁に行かんって言ったらどうしよう…
  介護で脅すか…

3 だんなと大阪旅行したこと

  私はなんのかんのと忙しいので、これも大きな出来事なんです!!

4 インターネットが光通信になったこと

  実は何がどうなのかよくわかっていない…
  ネット料金が私の口座からだんなの口座に変り、私がだんなに料金を払うことに
  だんなはなんとなく納得いかない様子
  私ごまかしてないのに

5 家のお風呂に入れるようになったこと

  前のうちでは、お風呂が壊れてたので、いっつも銭湯だった
  銭湯は気に入ってるけど、不便なときもある

6 ご飯をキッチンで食べるようになったこと

  これ、すっごく便利です
  前のうちでは、居間まで運んでいたので、それを思うとラクすぎ
  だんなが外で食べるようになるともっと便利なんだが…

7 家があったかい
 
  これだけで幸せですな

8 わが家に人を呼べるようになった
  
  今まで人ん家ばっかり行ってて申し訳なかったです
  来たらやっぱしお菓子やらなんやら出さなきゃいけないし、気を遣うもんね
  みなさん、今までありがとさんでした

9 本の整理ができたおおかげで、入用の本が一発でみつかるようになったこと
 
  これはほんとに助かってます
  整理整頓がいかに大切かってことです
  書類もケースにちゃんと整理してあるので、大騒ぎの機会は減りました

10 冷蔵庫が大きくなったこと

   入れすぎはこれで即解決しました

家を新築したことで、生活が大きく変りました。

新しい家なんていらん!!

と、建てるときは、大反対でしたが、やはり新しい家はよいです

だんなはん、ありがとう
posted by みょうみょう at 09:55| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幸福は心の扉を開いて創るもの

青春時代は短い
人生は長い
軽薄な青春時代では 一生涯の幸福の
磐石な岩盤はできないことを 知っている

快楽を彷徨いながら 送る青春は
やがて 煙りになって
地平の果てに
消え行くことを知っている

不幸の魔は絶えず
みなの傍らに動き回る
不幸と言う破壊は 
奥深い偽善の口実を使いながら
いつも周囲に浮動しているのだ

幸福は夢のようなものではない
風が吹いてやってくるものではない

誰かが与えてくれるものでもない
確固たる 汝自身の魂の 
強き輝きの中にある
汝自身の 心の扉を開いて
幸福は創るものである

                      
池田大作


私はほんの数年前まで、幸福って夢のようなものだと思っていた
いつか風が運んでくるものだと思っていた
まわりの環境で幸・不幸が決まるのだと思っていた
いや、マジで、本当に
でもそれだと、ほかの人に判断してもらわないと
はたして、自分が幸福なのかどうなのかわからないから、かなり不便だね
幸福って言ってもらいたいばかりに
その人に阿ったり(おもねる)、諂ったりしてね(へつらう)
幸・不幸を自分の心で決められるって、ちょっと画期的
posted by みょうみょう at 09:35| Comment(0) | 教え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わが家に2歳の女の子がやってくる!!

来年1月下旬、いよいよわが家に女の子がやってくる。いや、おねえちゃんじゃなくて2歳の子ども…
現在市内の乳児院で養育されている子である。児童相談所から、特別養子縁組の話が来たのは今年の秋口であった。とんとん拍子に話が進み、乳児院に数回面会に行き、近くの公園にお出かけにも行っている。前回わが家に来る予定だったのだが、風邪で発熱し、面会だけになったのだ。来月1月3,4とわが家に泊まってその後いよいよわが家の子になるのである。はじめてのことです!子どもを生んで育てたことのない私にとって、ドキドキするイベントです!(続くんだってば!乳児院のシスターからは、一度決めたら引き返せないのですよ、と念を押された)仕事で子どもを育てたことはあっても(一応保育士経験あり。しかも乳児院で)プライベートではありません。保育所なんかでは、最後の子どもを親に引き渡したあと、やれやれやっと終った!それにしても仕事の後子どもの世話なんて!!とお母さんたちを尊敬しつつ、同情もしていたのだが、今や私がされる側ではないかい!!困ったことに私だけじゃなく、だんなも舞い上がってる。落ち着かねば。役場に保育所の申し込みや子ども手当てのことなどを聞きにいくと、役場も始めてのことらしく、舞い上がってた…じゃなくて戸惑ってた。乳児院など児童養護施設への入所や、里親への委託は県の管轄なのだ。えーっと県から入所申し込みがないと…上司と相談します…わからないことばかりですみません、児童相談所に連絡してみます、とてんやわんやだった。縦割り行政のマイナス面ですな。児童相談所のケースワーカーは、町の役場で聞いてみてください。と言ってたし。なにはともあれ、だから忙しいのです。フツーに子どもいる人は、フツーに忙しいって…
私たちちょっと舞い上がりすぎ。落ち着け落ち着け。
posted by みょうみょう at 09:02| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんな5歳児いるんですーーーー!姪っ子です。

先日久しぶりに実家に帰った。父に大事な話があり、電話で話せることではないので様子伺いを兼ねて出向いた。弟のお嫁さんが出産を終えて帰ってきていた。赤ちゃんはおにぎりみたいな顔ですごくかわいかった。れんちゃんという名の男の子である。姪っ子のななちゃんは、今年の春わが家に来たときには、小結程度だったのに、小錦に昇格していた。しかもおっそろしく大人びていて、叔母の私は頭を抱えてしまった。保育所や幼稚園を拒否ってて家で好き放題してるので大変なことになっているのだ。いっしょに遊ぶ友達がいないというのが大きな問題である。大人びてはいるのだが、5歳の子どもなので、あそぼーあそぼー、おばちゃん遊んでーとうるさい。近くの公園と小学校に連れて行き、ブランコやジャングルジムなどでいっしょに遊んだ。いっしょにとは言っても、このななちゃん、巨漢なので、ジャングルジムなどは、1段登るのも大変難儀なのだ。少しでも体型のことや保育所のことを口に出すと、「今度その話したら、私二度と口きかんから」「もう家出て行くわ」なのである。ことに、じいちゃん(私の父)に対する悪口はひどく、「くそじじい、総攻撃してくるんや。あれせい、これせいとか」「私、れんちゃんの世話せんと旅にでも出たいわ」「くそじじい、いや〜になる」と、こんな具合である。頭を抱えないでいられようか。その昔、保育士養成校に通っていた頃、臨床心理の時間に講師が大人びた4歳児の事例を出したことがあった。「人間とは所詮孤独である」とかなんとか、そういうのが口癖の4歳児がいるというではないか。嘘やろ??そんな4歳児おるわけないやん!!そのときはそう思い、半信半疑であったが、今ならわかる。そんな子って私の姪っ子やないの〜〜〜〜〜〜〜
大事な話は、ゴミ屋敷のようなわが家のなかで、唯一空いたスペースに座っている父に、そそくさと大急ぎで伝えて済ました。私のことも大事やけど、実家はもっと一大事なことになってるのだ。
posted by みょうみょう at 08:37| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日が暮れるのも年が暮れるのもはやい

いつのまにかクリスマスが終っている…
といっても、忙しくてケーキも食べられなかった、というわけではない。
だんなが、食べななりません!といって、近所の激安スーパーで激安クリスマスケーキを買ってきたので、一応食べた。おいしいのか、おいしくないのかよくわからなかったが、私は一切れ食べて胸やけがした。だんなは、おいしおいしいと言って、いっぱい食べていた。
それはいい。問題はいつのまにか気づいたらクリスマスが過ぎて、もう年末であるということだ。(何が問題なのか…?)
当然ながらクリスマス関連のものは何一つ残っておらず、正月ムードのみだ。
クリスマスに対するこの極端な態度、仏教徒だが許せん!!
(ちなみに私は、カトリック系の乳幼児施設に勤務していたことがあるが、これぞクリスマス!正当なイエス誕生祝いとはこういうやつを言うんです!というクリスマスだった。修道院や聖堂が敷地内にある施設で、ちゃらんぽらんなクリスマスをやるわけにもいきませんが…)
さて、こんなことばかり言っていては、いつまでたっても本題にはいれないではないか。
なぜ、クリスマスねぇと思っていたら、次の瞬間年末、正月と怒涛のように進んでしまうのか?
夕陽って沈むのはやくない?砂丘の上に真っ赤な夕陽があるだろ?うわっ、きれい!そう思ってよく見える田んぼや、ときには海まで行くだろ?たいてい夕陽は沈んでいるんだ。残照だけ残してね。クリスマスから年末にかけてもこんなかんじなんじゃないか?

あんまし解決してないぞ…
posted by みょうみょう at 08:15| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんだかんだ言ってラクな5年間でした

5年間勤務した老人ホームを今月末で退職することになった。すでに退職届けは提出し受理されている。(退職願ではなく届けなので、受理もへちまもないが)必要な書類は書き終え提出した。今月の給料は、半年分の住民税と2か月分の社会保険料を引かれてさびしい親父のはげ頭ぐらいしか振り込まれていない。来月からの予定は立っておらず、心もとないが、沈没船から逃げ出したいいっしんなので、後はどうにでもなれだ。あと4日間の勤務にもかかわらず、感慨深さは全くなく、階段を上ってフロアに出たとたん、特有のにおいに嫌悪感を覚え、強い拒否反応が起こる。4年間はユニット型の特養に勤務し、1年間は現在の従来型特養であった。ユニット型にいたときからもう辞め時だと感じてはいたのだが、なかなか辞める決心がつかなかった。従来型の特養に異動になり、気分も変ったが、辞める決心をつけさせるほどの施設でもあった。この5年間を振りかえると、時々しんど〜いということもあったが、概ねラクな職場であった。年数が経つにつれラクになっていったのだ。働き始めた当初から、ヤバイ、マズイ、このままではボケ街道まっしぐらだ…という危機感はあったものの、やはり寄る年波には勝てず、ラクさに身を浸していたのだ。私は老人ホームに勤める前は、いろんな職種を転々としていて、最後は保育士をしていた。児童養護施設だったので、休日も少なく、精神的にもキツかった。それに比べ、一月に9〜10回の休みがあり、休日出勤も時間外もほとんどない老人ホームは、呆けるのではと思うほどラクだった。業務内容もしかりだ。することが、乳幼児施設と比べて極端に少ない。この5年間に、福祉住環境コーディネーター、ファイナンシャルプランナーの資格が取れた。介護福祉士、ケアマネは言うまでもなく。つまりなんだかんだ言って、与えられた仕事しかしていなかったのでラクでしょうがなかったのだ。ここで求められる仕事の質・量は非常に低く少ない。その気になれば、利用者のニーズに応えるというやりがいのある大きな仕事もできたはずなのに、私はしなかった。安穏と与えられた業務だけをこなして、趣味で資格を取っていた。いよいよ天罰が下るときがきた。こんなラクな仕事を辞めた今、私にできることってなんだろう?
posted by みょうみょう at 07:56| Comment(0) | 介護の愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年末って気がしないのは誰のせいだ?

なんか年末ってかんじせんねぇ。
昨日だんなと夕食を食べながら二人でしきりにぼやいた。
二人とも変則勤務なので、盆も正月もない。年末年始はいつもどおりの勤務だ。たまたま1〜3日休みに当たることもある。そのせいもあるだろうねと納得した。けどこの変則勤務、私もだんなも老人ホーム勤務なのでしょうがないが(私は特養の介護士、だんなは有料の調理師)、今はスーパーなどのお店や入浴施設、カラオケやボーリング、ビリヤードなどの娯楽施設など、サービス業はほとんどが変則勤務なのではないか。年末年始などないところが多いと思う。イオンも元旦から営業っていってるし。昔は盆や正月に働かなきゃならないとこっていったら、それこそ病院などの施設や消防署、警察それかその時期だけの商売だったんじゃなかろか。ジャスコなどのスーパーが元旦営業を始めたのはいつだったろうか。今ではちっとも珍しくないので、逆に休みだと、チェッやってないのかと思ってしまったりする。(自分がいつも変則勤務なので仕事帰りに普通に寄ってしまう)店が営業してるので食品を買い込むこともない。保存食を作る(買う)必要もない。だから正月気分にならないのだろう。だんないわく。テレビを見ると、年末〜、正月〜って気になるとのこと。そういう特集ばっかりやってるから。ところで、休まないで営業してるくせに、マクドまでが正月はあのおきまりの正月ミュージックをかけるのでほんとイラつく。いかん、怒りモードになりそうだ。それにしても、サービス業の人は年末年始休みたくないのだろうか…こんな仕事だしって割り切ってるのだろうか。行かななりませんと出掛ける人たち、店が休みだったら何してんだろ?昭和天皇が正月明けに亡くなったときはレンタルビデオ屋が繁盛したそうだ。
posted by みょうみょう at 07:27| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この1年間ほんと嘘の記録をよく書いた

今年も残すところあと4日である。私は年内で退職するので余計いろいろと忙しい。出さねばならない書類を全然出していなかったので、出せ出せと矢の催促なのである。1年間放っておいて、辞める今になってなに慌ててんだ?とちとおかしくもあるが。だって、もし辞めなかったらいったいいつ言うつもりだったんだよ、と思う。もちろん監査だ。決まってるな。とにかく書類というものは監査のためだけにあるんだから、鑑査がなけりゃ書く必要ないんだ。たまった書類を書いてだすのは、ガンコ面倒くさいが、監査さえ通ればいいので、元々デタラメなのだ。デタラメのくせに細かいとこ直せとか言うので、バカバカしくなり、自分もそれこそ自分なりにデタラメでいいやと思い、適当に書いて出した。何を思ったか、指導ヤローは、直してなくてもいいし、とにかく出せといいやがる。あんましうるさく言うんなら最後の最後、今まで書いて出した書類すべて、書き直して差し替えてやろうと思っていたのだが。なにせ、嘘のオンパレードだからな。この1年ほんと嘘の記録を毎日毎日よく書いたよ。毎日の介護記録から(老人ホーム勤務)ケアプランのケース会議記録(この1年いっぺんも会議をしたことはないが、しましたーって記録は何十書いたか…)までどれが嘘でどれがほんとだか自分でもわかんないくらいだよ。職員会議や各委員会などもそうだ。たまたまパソコンに入ってるのを見ると(回覧なし。この1年間議事録一度も見てない。最後に閲覧請求して見とくか。ってか、周知義務あるんじゃないのか?)笑えるほどの嘘っぱち。たまたま自分が出席した委員会だったのだが、こんな人参加してたっけ〜〜〜って人が数人出席したことになっていた。しかしなんだ、私は嘘をつかないなどと嘘をつくつもりはないが、仕事でこんなに嘘ついたのは初めてだなぁ。でも多いんだろうな、そんな人…嘘はあんまりつきすぎると、嘘ついてるって感覚はなくなるんだ。
posted by みょうみょう at 06:34| Comment(0) | 介護の愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「自分なり」とは都合のいい言い訳です

今年10月にケアマネージャーの試験を受けた。8月の終わりまで社会保険労務士試験に向けて勉強していたので、ケアマネ試験の勉強は9月から始めた。社労士は落ちたが、ケアマネは受かった。予想通りであるが、やはり無念である。何度か書いているが、くやしいのでまた書く。私は自分なりにいっしょうけんめい勉強したつもりである。受験雑誌を買ってCDを聴いて、問題集も3回くらいやった。自分なりに「勉強した」という思いはあった。だが、合格した人たちの話を聞いていて、「自分なり」という甘さを痛感した。全然意気込みも勉強量も違うのだ。始めた時期も違いすぎる。「自分なり」などという物差しはこのような実力のみがものを言う世界では、全く通用しないのだ。どれだけ自分なりにいっしょうけんめいやったところで、結果が出せなければ終わりなのだ。たったあれだけの勉強でやったつもりになっていたとは、幼稚園児が掛け算を覚えて得意になっているようなもんである。ケアマネ試験は職場から10人くらい受けたが、受かったのは私だけらしい。去年受けて落ちた人は「全然勉強してないし」「ここじゃケアマネなんて、資格持ってても使わないし(事実)」「まあ、始めたのが遅かったし」「元々やる気なかったし」等々、どうってことない、ただ受けてみただけというかんじだった。つまり言い訳はいくらでもあるのだ。私はとにかく、社労士試験に追われていて、ケアマネどころじゃないというのが正直な気持ちだったので、テキストさえ用意していなかった。気前よく貸してくれる同僚がいたので、そのテキストがいいのか悪いのかそんなことにかまってるひまもなく、限られた時間いっぱい勉強した。幸い社労士試験の勉強のあとだったので、範囲は非常に狭く感じたし、同じ社会保険なので考え方の基本はわかっていた。もちろん社労士試験にも介護保険は出たし。(その時点では、介護申請時に被保険者証を出すことも知らずに、主治医の意見書とかを選択式で選んでいた…)もしも社労士の勉強をしていなかったら、ケアマネの勉強がはたしてどれだけ理解できたかと思う。社労士試験で問われる介護保険はごく基本的なことだ。なのでケアマネの知識があるのは社労士として大いに役立つと思う。もちろん社労士試験に受かればのはなしだ。ケアマネと社労士では難易度は全く違う。職場で私以外の人がみんなケアマネ試験に落ちたように、社労士試験ではそれ以上に多くの人が落ちるのだ。合格率は10%を切っている。生半可な意気込みや勉強で受かる試験ではないということだ。どうだ、私わかったか!
posted by みょうみょう at 06:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

来年までドカ雪降るな!!

去年の今頃も同じような天候だったような。当たり前か…同じ場所で毎年天候が変ってたら大変だな、天変地異じゃないか。って、そういうことじゃなく!!(じぶん突っ込み)北陸では昔からドカーンと雪が積もるのは、年明けで年内はそんなでもないのだ。去年は12月中頃から降りだして大晦日はすっごい積もった。今年も今の降りかた見るともしかしたらそうなるかも…北陸地方に生まれ育っているんだから。雪ぐらいでビビらなくてもいいのだが、いやなのは職場の駐車場である。どれだけの積雪であろうと除雪車が入らない。道路はどんなに雪が降ったって、恐るるにあらずだが、職場の駐車場は危険このうえない。去年、出勤して思った。早いうちに辞めよう。ここで事故起こす前に辞めなきゃって真剣に考えた。私は老人ホームに勤務しているのだが、当然ながら365日24時間営業だ。トップは都合よくこの年中無休を持ち出して、だから大事な仕事なのだ、気が抜けないのだと言う。言うまでもないが、年中無休は施設であって、お偉方は土日祭日盆暮れはお休みである。自分たちが来ない日はどうでもいいらしい。お偉方の駐車スペースは事務方が雪かきする。特別スペースだからそのへんに雪を放り投げておけばいいのだ。だが他の従業員は、自分さえよければで雪かきをするわけにはいかない。20センチ近くも積もった雪を隣や前や後ろに放り出すわけにいかないのだ。本当に困った。泣きたいような気分だった。職員同士の駐車場での事故もあった。当然だ。この職場で自分を守るのは容易なことではないと思った。いろいろあって今年いっぱいで辞めることになった。30日が最後の夜勤となる。31日の明けの日、無事に職場を去りたい。
posted by みょうみょう at 05:40| Comment(0) | 愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬にはウィスキーがあったまってよいですな

先日久しぶりに岩盤浴へ行って来た。ほどよくじわじわと汗をかいた後は、ほんとうに気持よく、生ビールがおいしかった。フライドチキンとフライドポテトでお腹がいっぱいになり、あとはやることやって(年末なのでやることが多い)本でも読んで寝ようと思っていた。だが、うちに帰った途端、すごく飲みたくなってしまった。何がって?そりゃお酒に決まってます。しかも、なぜかブランデーとかが飲みたくなってしまった。飲みたいといったって、うちにはブランデーなんてしゃれたもんはない。コニャック飲みたい!と渇望するが(名前だけは知っているが、飲んだことはないので味は知らない)ないもんはないし、買に行くのも寒いし面倒くさい。仕方がないので、ウィスキーを飲むことにした。ウィスキーは時々コーヒーに入れるので(それ以外の用途はあまりない)買い置きがある。バレンタインの時期に、かわいさに惹かれてミニボトルをいくつか買うのでいろんな種類のがある。だがスコッチやバーボンは飲んでしまってない。あるのは山崎とか響とかだ。そんな気分じゃな〜〜い。ジャック・ダニエルとか、フォア・ローゼとかが飲みたい気分!!(あくまでも、そんな気分)でもごねてみたってないものはないのだ。ただのサントリーウィスキーをテキーラグラスにいれて飲んだ。ウィスキーってどんなグラスで飲むもんなんだろうか?私はアルコール度数20度以上くらいだと、なんでもこのテキーラグラスなのだが。コニャックが飲みたいと言ってたわりには、サントリーウィスキーがやけにおいしく、ロッテのチョコレートにやや不満を残しつつもご機嫌で一日を終えた。ウィスキーって体があったまる。ロシヤにウォッカがなけりゃならない理由は寒さか…なるほど。
posted by みょうみょう at 05:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イルミネーションはきれいなほうがいい

私の住む町では冬の間、役場のまわりの木にイルミネーションが施される。色は青、黄色、緑、だいだいである。いつ見てもセンス悪いなと思う。センスのない私が思うのだからそうとうなもんだ。イルミネーションごときにセンスなんてあるのかと思う人もいるかもしれないが、色だけをとってみても、白っぽい光と黄色っぽい光と、緑やら青やらとでは全然違う。わが町の役場のはなんか、肉屋ってかんじがする。小さい頃近所の肉屋さんも、クリスマス近くなるとピカピカ光らせていたような気が…そんな気がするだけかもしれないが、とにかく肉屋ってかんじなのだ。パチンコ屋というにはしょぼいし暗い。派手さが全然足りない。品がなく派手さもない。品もなく、派手でもない私にこれだけ言われているようじゃ、役場そうとうひどいってことだぞ。中国返還前の香港の夜景はとても美しかったとか。返還後はそりゃまあ、中国のお祭り見ればわかるように、悪趣味の競い合いといったところですが、それはそれで中国らしくていいかも。ところで、ここ数年、フツーの家庭までがイルミネーション飾ってんの、あれどうよって思う。そりゃそのうちの勝手だってことはわかってんだけど、なに勘違いしてんだ?と思う。アメリカのテレビドラマシリーズの影響なのか?アメリカのちょっと小金のある家庭じゃ、光らせてるみたいだし。私からしたら、いい気になってるとしか思えませんが。(アメリカの小金持ちもです!って、決め付けてますが…)今年も各家庭やるんでしょうか?家庭用イルミネだけバカ高い電気料金にすればいいのにな。イルミネーションする家庭になんか恨みが?ないです…たんなるやっかみです…
posted by みょうみょう at 04:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職場用のコーヒーを家で飲んだらおいしくない

いつも飲んでいるコーヒーを切らしている。注文待ちのあいだ、夜勤のときに飲む1回抽出型のやつを飲んでいるのだが、おいしくない。夜勤の時には、おいしいともおいしくないとも思っていなかったのに…そもそもコーヒーの味がわかるような感性などない。舌もお粗末だ。なのにおいしくないと感じるのだ。これは舌で感じる問題ではないようだ。私の職場では、ポットのある場所に流しがない。共通のカップを使うと、他の場所まで洗いに行って元の場所に返しておかないといけない。それが面倒くさくてマイカップを使っている。お茶代を払っているので買い置きのインスタントコーヒーを飲めばいいのだが、いくら仕事中と割り切っていても、インスタントコーヒーだけで過ごすのは厳しい。そう思いドリップコーヒーを飲んでいたのだ。いちおう自分に気を遣っていたのだ。それなのにそのコーヒーを家で飲んだらおいしくない、ということは気持の問題なのだ。(おいしい〜コーヒーを仕事中に飲むのは、高級取りの人や、社長さんなんかであろうか)そういえば、以前乳幼児施設に勤務していたとき、これもまた夜勤中であったが、戸棚からマグカップを出してくるのが面倒くさくて、その辺にあった子供用のプラスチックのコップでコーヒーを飲んだら、あまりのおいしくなさかげんに困った。まずいというのではなく、とにかくおいしくない。おいしいと思えないのだ。くつろげないというか。ほんの少しの空き時間に一杯のコーヒーを飲むとほんとにフーッってかんじでおいしいのだ。そのおいしいコーヒーがカップひとつでおいしくなくなるのだから侮れない。そうはいってもこういうことは、気にする人は気にするし、気にしない人は全く気にしないようだ。職場の上司で、うちでは何を飲むときも同じマグカップという人がいた。私がカップ好きでコーヒー用、紅茶用、カフェオレ用などいくつもそろえていることを話したら、めんどくさ〜と言われた。幸せなのはどっちだろう…
posted by みょうみょう at 04:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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