2011年11月30日

年を取ったら無理をしてはいけない

21日に深夜バスで東京へ行き、2日間の研修を終えて深夜バスで帰ってきて、少し仮眠をとって夜勤の仕事に入る。明けの日は夜用事があり出掛けて22時ごろ就寝。次の日は休みだが、いろいろ行くところがあって一日中動き回る。次の日2日間は日勤と遅番の勤務であったが、とにかく一日中眠い。そうこうするうちにまた夜勤である。今日の明けは数時間眠って夕方起きる。ようやく頭がすっきりして、体の調子が元に戻ったような気がする。この1週間ずーっと眠たかった。いつも夜勤明けのようなぼんやりしたかんじだった。年を取って無理をすると、体はなかなか元には戻らないようだ。そろそろ深夜バスで東京へ行くというのはやめたほうがいいのかもしれない。年と体力を考えて行動しないといけないようだ。若いと、骨折で1ヶ月間入院しても、退院後わりと早く普通の生活に戻ることができるが、年よりは数日入院しただけで呆けたりする。年を取ると復元が非常に難しくなるのだ。今回の東京深夜バス研修でよ〜くわかった。
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2011年11月26日

鉄子の失敗

自称鉄子として大変面目ないことをしてしまった。先日介護研修のため東京に出掛けた。(誰からも頼まれていないのに勝手に自腹を切って参加した)金がないので、往復7000円という激安深夜バスを利用した。2日間の研修を終え、出発の22時50分まで時間があったので、西荻窪をブラブラしていた。ご飯を食べて、古本屋をいくつか回り、用心のため十分な時間をとって東京駅に向かった。(東京駅横の丸の内ビル前が出発場所だった)新宿で山手線に乗り換えればいんだな、と合点し電車に乗ったのだが、もっていた路線図を見ると直通で行けそうだったので、なんだ直通か、と安心してしまった。なんか勝手に東京駅が最終と思い込んでいた。御茶ノ水までは覚えているのだが、その辺で居眠りしてしまったらしい。ほんの少し眠っただけと思っていたのだが、気づいたら聞いたことのない駅を通り過ぎたところだった。あれ?どこだろ?慌てて路線図を見るが載っていない。そうこうするうちにまたもや聞いたことのない地名を2つ3つと過ぎた。西船橋に着いたときには、さすがにぼんくらの私でも、なんとなくそれが東京の地名ではないということがわかった。すぐに降り口付近にいたお兄ちゃんに、この電車東京駅に行かないですか!!??と聞いたら、ええっ!?東京駅!?これ千葉行きですよ!と驚かれた。ええええーっ!!??もう完全パニック状態。東京駅東京駅東京駅行かないといけないのに〜〜と半泣きになっていたら、お兄ちゃんがどこやらを指差して「東西線に乗ればいいですよ」と教えてくれた。だがなにせパニックに陥っている。「東西線東西線東西線??!!」(それなんやろ??)わけわかんなくなってる私にお兄ちゃんは、「地下鉄の東西線に乗ればいいんです」と言ってくれた。大急ぎで電車を降りて改札口に向かうが、切符売り場が見当たらない。駅員のいる改札口を、他の客がいるにもかかわらず通り抜け、はいはいなんですかー?と呼び止められる。「東京駅東京駅東京駅に行かなきゃいけないんです〜〜なんか知らないけど気づいたらこんなとこに来てしまってて〜〜」と訴えるが、若い駅員は「あのー、順番守ってくださいね。それと清算もしないと。」と、人の気も知らずに冷徹に言い放ち、東京駅まで行かなきゃいけないとくどいほど言っているのに、大手町ですねと言って、新たに切符をくれた。「東京駅って言ってるのに、大手町ってなんだこの男は」と思うが、駅員がそう言うのでとにかく従うことにする。駅員はそれでも、半泣き状態の私に親切を示してくれ(清算した後だからか?)今ならそこのエスカレーターを降りて6番線ですと教えてくれた。30〜40分で大手町に着くとのことだ。22時をちょっと過ぎていたので、バスの出発にギリギリ間に合うかどうかというところだ。電車の中で走ってもしかたがないので、とにかく落ち着いて対策を考えようと思い、路線図を確認した。時間があるのでゆっくりきちんと見ることができた。なるほど、東西線は東京駅には行かないのだ。駅員にしてみれば、東京駅?は〜ん?何言ってんの?というところだろう。そして大手町から東京駅までは乗換えで数分だったのだ。「落ち着く」ということの大事さを再確認した。それにしても、行徳だの浦安だのという地名が続くあいだほんとに不安だった。私は東京の地名だって全然馴染みがない。聞いたことはあっても、所詮都会の見知らぬ地名である。だが、千葉はもっと縁遠いとこだ。遥か昔成田空港へ行ったとき以来ご無沙汰だ。東京ディズニーランドに一度も行ったことのない私にとっては、よその惑星のようなものだ。なので、木場を過ぎて茅場町辺りに来たときは、ああこれは東京の地名だなと、なつかしささえ感じた。バス会社には22時半を過ぎたところで、もしかしたら少し遅れるかもしれないと連絡を入れた。下手に早くに連絡して、今いる場所を知られたら、置き去りの決定を下されるかもしれないと危惧したためである。パニックを脱した途端、自分の不注意を棚に上げて小ざかしいことを考えたというわけだ。バス会社の人に教えてもらったとおり東京駅に着いたらすぐに1番出口を目指した。階段を駆け上がるとなつかしの黄色いツアーバスが私を待っていた。22時50分ジャストであった。「今自宅に電話したとこなんですよ〜〜」「では出発しま〜す」と、私が乗った途端バスが動いた。余裕こいてトイレ行かなくてほんとよかった、と胸を撫で下ろした。だんなからの着信と留守電がいくつもあり、連絡すると「余裕もって行動しろって、いっつも言うとるやろ!!」と叱られた。安堵のほうが大きくこたえなかった。まだまだ鉄子としての修行が足りないようである。
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2011年11月20日

すし屋で思う

昨日は日勤であった。朝出掛ける前に、味噌汁と大根の煮物を作っておいた。仕事の帰りにJAに寄り、青物の他稲荷寿司も半額になっていたので買った。これであとは秋刀魚を焼くだけだな、15分ぐらいでごはんが食べられるなと思い、気持に余裕を持って家に向かった。玄関にはいるなり、だんなが「今日はすし食べに行く!何がなんでもすし食べる!」と宣言した。一応私がごねたときのことも考えて、ごはんは炊いてある。だが、すしを食べたいとごねているだんなを相手にがんばる元気はなく、まっ、すしでもいいか…と思い承諾した。近くのイオンに入っているもりもり寿司へ行くが、土曜日なので混んでおり、15分ほど待たされた。熱燗でも飲むかと思うが、だんなはビンビールを頼むと言う。だんなはアルコールに超弱いので、1本も飲ませたら、しばらくへばってしまうので、私もビールを一緒に飲むことにする。鉄火巻きを2皿食べたらもうすしいい…って気分になり、フライドポテトをオーダーして食べた。席の指定をしなかったらテーブル席に案内され、注文した品は新幹線が運んできた。到着の合図だか、返せの合図だか知らないが、周り中ピコピコとうるさく辟易した。私は元々寿司はそれほど好きじゃないのに、だんながすし好きで、外食といえばたいていすしなので、食べるものがあまりなくて困る。それに食べたくないときの寿司は苦痛だ。すしだけじゃないが…なんかいつもだんなに振り回されている…
ところで、もりもり寿司では職人さんはみんなネクタイをしている。そういう決まりなんだろう。きちんとしたかんじで好感が持てる。いつもはカウンター席に座るので、職人さんの様子が見える。人間関係もなんとなく見える。やんちゃくさい職人が威張りちらしているのは見苦しいし、年配の職人(ほとんどおじいちゃんに近い)が若造に怒鳴られたりしてたらもう味もへちまもなくなる。もりもりにはそういう荒んだ雰囲気はない。私語なども控えめで節度がある。寿司業界も変ってきているようだ。
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2011年11月12日

法善寺横町で夫婦善哉を食べる

先日だんなと大阪へ一泊二日の旅行に出かけた。だんなは大阪へよく行きたがる。一人では行けないのでいつも私が「付き添う」。だんなが行きたがるところはいつも決まっているので、毎回同じようなところへ行く。日本橋にある『でんでんタウン』とかいう、電気製品の店ばかりが並んだところへは必ず行く。だんながオーディオやフィギュア、プラモデルやレコード(こういうのもいっぱいある)その他の電気製品を見ている間、私はオモチャ売り場で時間をつぶす。カフェで待つとかいうのは許されず、でんでんのおつきあいは激疲れとなる。最後には私がキレて「もう二度と一緒にはこん!!」と宣言するが、機嫌をとってもらい、毎回同行している。でんでんは千日前から近いため、法善寺横町もよく通る。今回初めて、かの有名な『夫婦善哉』の店に入り、二人でぜんざいを食べた。織田作之助の小説『夫婦善哉』で有名なあの店だ。ぜんざい一人前が二つに分けられているのである。夫婦(めおと)の意味らしい。小説では、箸にも棒にもかからない、あかんたれのダメ男、どもりの柳吉が蝶子に言うのである、「こ、こ、ここの善哉はなんで、ニ、二、二杯ずつ持ってきよるか知ってるか、知らんやろ。一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が仰山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」うちのだんなは、これとまーーーったく同じことを私に言いました。小説を読んだことがあるのか?映画でも観たのか?ガイドブックにでも書いてあったのか?どもりこそしてないが、大阪弁でもなかったが(当然だが)金沢弁で嬉しそ〜に、自慢げ〜に言いました。「そんなこと知っとる!!」って言う気も失せた。うちのだんなもあかんたれダメ男なのか?そうなのかもしれない…でもできるいい男はには、できるいい女がつく。旦那がアホなのは私がアホだからだ。お似合いかもしれない。法善寺の線香のにおいがなつかしく、心地よかった。次もまただんなといっしょにでんでんへ行くだろう。
posted by みょうみょう at 22:03| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月09日

3年で辞めて何が悪い

今週のブログテーマ】今回のテーマ:七五三

七五三現象なるものをご存知か?いい大人が千歳あめをなめたり、おでこに赤いハンコを付けたりする流行現象ではない。
入社した会社を3年以内に辞めてしまう比率を学歴別に表したもので、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割だそうだ。就活の学生が「自分は何がしたいのか」「何が向いているのか」を考えても、企業側が「何を求めているのか」を把握できなかったという背景があり、視点を変えて言えば、現代ではそれほど採用する側と採用される側のミスマッチが浮き彫りになっている、ということだ。先月の新聞記事より。

そういえば、『若者はなぜ3年で辞めるのか』という本があったが、そうとう売れたらしく(私は読んでいないが)アマゾンには200以上のブックレビューがあった。ほとんどが星5、4である。今どきの若いモンはすぐに仕事辞めて〜という内容ではなく、(私はてっきりそうだとばかり思っていた)年功序列の悪癖が書かれているようだ。レビューをいくつか紹介する。ちょっと長いが全文のせる。

タイトルの前半だけ見ると、「最近の若者はすぐ会社を辞める。我慢がない。」という
聞き飽きた説教を述べる本かと思ってしまうが、『年功序列が奪う日本の未来』とある通り、
日本の企業に根付いた年功序列の悪しき体制を鋭く、かつ冷静に批判している。

年功序列が生きていた時代と、
その腐った体質だけが残り、勤め続けても決して未来は約束されていない今とは
根本的に違うという事実の指摘に、拍手を送りたい。
私も若者の一人として抱いている率直な感想だが、
何となく会社に入って無難にこなしていれば出世でき、将来も安泰だった時代は簡単だったと思う。
今は就職に当たって細かな自己分析が要求され、学生なりに真剣に自分と向き合い、
どんな理由でどの会社に入って何がやりたいのか、自分には何ができるのか、を突き詰めて考え抜き、
面接の場で見事にそれを表現しきった者だけが内定を得る時代。
そのくせ入社してみたらそれだけの能力を生かす場も与えきらない、会社という不可解な存在。
ミスマッチの原因も入社した側にばかりあるとは言えないのではないだろうか。
入社するに当たって大した志望動機も求められなかった先輩方には理解できなくて当然かもしれないが。
タイトルには「3年」とあるが、今はもっと早く転職を考える人も少なくないと思う。
かく言う私も2年4ヶ月で退職したクチだ。
本当は3年ぐらい経験してみないと仕事の内容も会社の体質も、自分がそこに合うかどうかも
わからないというのは一理あるし、私自身ももともとは「最低3年」と思って入社した。
しかし想像すらしていなかった過酷な現実が待ち受けていたのも事実で、
正直、あと8ヶ月ねばっていたら死んでいたかもしれない。

今の若者には我慢がない、という人がいる。私ももちろんそれは否定しない。
しかし我慢をすれば報われた時代と、我慢のツケを自分の命で払わなければならない今とは
同じ次元で語れるはずもない。
私に言わせれば、結果の出ない我慢など無駄でしかない。我慢そのものを美徳とする時代は終わったと思う。
もはや根拠のなくなった「最低3年」に縛られてはいけない。正しい決断を下すのが早くて悪いことはない。

就職にしろ転職にしろ、巷で飛び交う常識論、原則論を鵜呑みにしていては、
決して幸福はつかめない時代だと思う。何が事実で何が幻想かを考えるのは自分自身。
これは大変厳しいことではあるが、避けて通れぬ道だ。自分の幸せを決めるのは自分しかいないのだから。



私は金融系の会社で営業を担当していますが、バブル崩壊の余波はいまだに根強く、私を含め30〜40才ぐらいまでで管理職の一歩手前で足止めをくらっている人が何人もいます。10年位前までは、係長クラスぐらいまでならほとんど自動昇格していたらしいのですが、私が中途入社してきた頃から雲行きが怪しくなり、現在では夢物語と化しています。

その頃は離職率も大変低かったらしいのですが、こんな現状を見越してか私の所属する部署では2年目の新人が7名中3名がすでに辞めている始末。部長以上のほとんどを占めている本社出向組や昇格の足止めを喰らっている連中は、やる気0状態。新人をひっぱたいてなんとか目標数値をクリアさせていますが、昇格という人参が実際はぶらさがってないことに気づくのにそう時間はかからないでしょう。ましてや、社内営業にたけてる連中(要はゴマスリ)しか昇格させないような当社に新人が居つくこと自体が奇跡なのですが、平和ぼけしている管理職には全くそれが見えていません。

なんだか会社のグチになってしまいましたが、本書の中で語られていることは全て真実です。おそらく名前の通った大会社ほど、「老人のために若者がコキ使われる」度合いが高いことを肝に銘じておかなくてはなりません。こんなハズじゃなかったと入社してから気づいても遅いのです。筆者が文中で結論づけている年功序列と成果主義を両立させている会社などほとんど日本には存在しません。

「成果主義の崩壊」で筆者が頻繁に使っていた英単語を今回も使ってほしかった(MBAかぶれの文章みたいで変なリズムがあった)のと、実在の人物への取材が中心で客観的な統計データに基づいていない点に科学的根拠の薄さを感じたが、読み物としてはかえって面白くなったことを感想として付け加えておきます。


入社する側と企業のミスマッチ説は間違ってはいないと思う。甘い考えで入社する人間は「今も昔も」いて、というかむしろそういう人のほうが多いだろう。皆が高い志を持って入社してくるなどと考えているおめでたい経営者はいないはずだ。(たぶん)だが、ミスマッチ説があまりに幅を利かせすぎていると思う。そんな単純な話ではないと思う。私自身、職は続かないほうで、今の介護職が最高の5年(近々辞める予定)で、その前は3年半だった。せいぜい3年がいいところだ。私の場合辛抱がない、飽きっぽい、という欠点が一番なのだが…ただ、ここ10年ほど、年配の人と働いていると、ブックレビューにあるようなことを私自身感じるのだ。埋まらない溝というのは存在する。話せばわかるではないのだ。永遠に平行線なのだ。生きた時代、育った時代が違うことで、決して理解できないことがあるんだということがわかる。新しく入社してくる若い子たちのことを、ゆめゆめ理解できるなんて思わないようにしないといけない。この議論は終わりがない。強制終了する。
seesaaのテーマを勝手に変更してすんません。
posted by みょうみょう at 19:46| Comment(0) | ブログテーマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

30年前と変らない小学校の級友たち

先月末に小学校の同窓会があった。10年ほど前に初めて参加して以来、数回出ているが、みな全然変っていない。10年前からというより30年前から変っていない。私が通っていたのは全校生徒が130人くらいしかおらず、全学年1クラスのみという小さな小学校だった。入学から卒業までの6年間、ずーっと同じ顔ぶれなのだ。1クラス15〜20人ほどで、ほとんどが保育所の時からの腐れ縁である。私は同窓会当日、顔にブツブツができていたのだが、こういうメンバーなので出席してしまった。久しぶりに顔を見たいというのもあったが、見栄や外聞というものが作動しないというのが一番大きい。中学や高校などの同窓会ではこうはいかない。現在の自分の境遇に不満があると、出たくないものだ。どうしても見栄というのがでてくる。なので、女は特に着飾って若作りをして出席するものだ。仕事の後着替えもせず、ほとんどすっぴんで(しかも顔ブツブツ)駆けつけるのは小学校の同窓会であることと、こういう特殊な事情ゆえだ。(私は小5の終わりに引っ越して、大きな小学校に転校した。そこの同窓会だったら、小学校でもたぶん見栄とかあるように思う)もっとも私以外の女子はキレイだったので、こう思っているのは私だけかもしれない…2次会でスナックみたいなとこへ行ったのだが(同郷で、1つ学年が上のひでちゃんがやっている)ソファに座っている彼女たちはまるでママのようだった。小さいときの面影はあるが確実にキレイになっている。ちゃんとお化粧もしている…やはり私とは感覚が違うようだ… だが、男子はどうにもこうにも同じだ。違うようにも見えないし、事実変っていない。性格などは、当たり前といえば当たり前だが、変らないものなんだなぁと思った。そしてこうも思った。同窓会で久しぶりに会った元級友と恋が芽生えるというのは、確実に中学以降の同窓会である。みな既婚というのもあるが、それ以上に、子ども時代と言う長い時間を狭い空間で一緒に過ごした相手では、そういう気には到底ならない。かくして私は言いたい放題言い散らして帰ってきた。これも幸せのひとつである。
posted by みょうみょう at 08:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

たまには風邪を引くのもいいもんだ

先週の休日、朝起きると頭が痛く、気分が悪かった。はてな?と思いつつ、とりあえず朝ごはんを食べて再度ベッドに入った。頭がガンガン鳴り出し気分の悪さはピークに達した。どうやら風邪らしいのだが、なんで風邪引くんだろうって不思議だった。私もまんざらバカではないということか……多少の寝不足はあったが、しかし、多少だ。バカが改善されたことに加えて年を取ったということも考えられる。その日は1日ベッドの中でうなりながらウトウトしていた。たいして食べてないのに、あまりの頭痛に吐き気がして、ゲーゲーやっていたら、顔に赤いぶつぶつができてしまった。夕方体がラクになり、買い物に行くがぶつぶつは消えない。次の日仕事に行くがやはり消えない。その次の日、仕事の後小学校の同窓会があったのだがやはり消えない。中学校や高校の同窓会なら行きたくないところだが(同窓会なんてないが)、小学校である。しかも1クラスしかなくて17人くらいしかいない。恥ずかしいとか、かっこ悪いとかいった見栄や外聞がどうしても作動しないので、ぶつぶつ顔で参加した。そして3次会まで行って、最終電車で帰ろうと思ったらすでに終っていた。仕方なく喫茶店で時間をつぶし、2時半の急行に乗り、金沢からタクシーで帰った。4時ごろようやくベッドに入るが、7時には目が覚める。まだぶつぶつが消えない。安静にしていないから治らないのか?マスクをつけて夜勤に入る。ぶつぶつ顔は意外と使えるなと思った。みなが同情してくれるのだ。「大丈夫?顔違うよ…」「体しんどいんじゃい?」といたわってくれる。いつもは気づかれないようにこっそりさぼるのだが、この日ばかりは堂々とさぼった。ヨロヨロ歩きなのに歩行器を使わずに歩こうとする寝ないじいさんを、ソファに寝っころがってからかったり、したい放題。風邪引いて顔にぶつぶつができるのもたまにはいいもんだ。
posted by みょうみょう at 20:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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