2011年10月12日

現状に甘んじるのにも飽きてきた

古本屋で高城剛の『「ひきこもり国家」日本』という新書をみつけて読んでみた。4年ほど前に出版されたものだ。私は高城剛といえば、沢尻エリカのだんなという認識しかなかったのだが、なんか色々活躍しているようだ。(略歴にいろんなのがのってたが、よくわからなかった…)本の内容は「日本はグローバリゼーションに乗り遅れている」「日本はこの20年ほど、全く世界に目を向けず引きこもっている」「地球規模で物事が動いているのに、日本は身内だけでこせこせやっている」といったもので、最初はなんか不愉快であったが、読み進むうち、10代の頃をなつかしく思い出してしまった。私は小さい頃から、海の向こうには何があるのかとても興味があった。海水浴へ行くたびに、海の向こうに思いを馳せた。成長するにつれ、日本は島国で海に囲まれており、海の向こうには外国があり、外国人が住んでいるということがわかり、その外国のことが知りたくてたまらなくなった。外国人ってどんな人たちなんだろう?会ってみたい、交流してみたいと強く思うようになった。海外ペンパルを紹介する機関があり、何人か紹介してもらった。イタリア、タイ、ガーナ、中国などいくつかの国のペンパルがいたが、長く文通を続けたのは(高校卒業まで続いた)シンガポールの中国系の女の子だった。英語で何枚も書いてくるので、いっしょうけんめい英語を勉強した。シンガポールについて勉強もした。だが、高校を卒業して、その子と疎遠になり、英語も全く使わなくなると、いつしか外国のことなど忘れてしまっていた。時代はちょうどバブルがはじけ、失われた10年が始まっていた。(今では失われた20年だが)物価はどんどん安くなっていった。チェーン店が増え、安い外食店が当たり前になった。服なども、バブルの時代のデザイナーズブランドが嘘のように、こじゃれたかわいいものが安く出回るようになった。そんな時代をありがたく思っていた。コーヒーは200円ぐらいで飲めるし、服はユニクロなどで1000円〜3000円ほどで買えるし、ホテルも安く泊まれる。物価がこんなだから、給料が安いこともあまり苦にはならなかった。家から出ない生活、小さな範囲での生活が心地よかった。10代の頃の外国へのあこがれなんて嘘のように、現状に満足していた。こんな生活に疑問を感じだしたのはほんの数年前のことだ。気づけば、お店はイオンなどのスーパーしかなく、なんかちょっといいものが欲しいと思っても、安物しかないのだ。デパートに行っても今はスーパーとあまり変らない。悪夢から覚めたように愕然とした。情報が氾濫しているこの世の中で、情報から目を背け、ただただ現状をよしとしていた。焦ってはみても空回り…そんな状態で、この本を読み、外国に強くあこがれた10代の頃を一気に思い出した。なんでこんなふうになっちゃったんだろ?ぼんやり考えてみてもわからない。ただ思うのは、「知りたい」ということだ。今の状況に甘んじているのは嫌だ。脱出したい。強くそう思う。さて、始めるか。
posted by みょうみょう at 19:49| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言葉は誤解を生むが、黙っていては理解は生まれない

聖教新聞・「言葉の誤解を避けるには」より

言葉を一言話したり書いたりすれば、そこにはすでに誤解の芽がある。たくさん話したり書いたりすれば、誤解されるおそれはそれだけ大きくなる。これは言語学の基本中の基本である。でも会話のないところに理解が生まれないのも、また事実。言葉の誤解は完全には避けられないものだが、だからと言って、黙っているだけでは問題の解決にはならない。
                          日本語学者・飯間浩明


いっしょうけんめい説明したのに、全く理解してもらえない、それどころか誤解されるばかり…
そんなつもりで言ったんじゃないのに、完全に誤解されて、関係がギクシャクしてしまった…
言い方がまずかったのかもしれない、でもどういうふうに言ったらよかったのだろう…
こんな経験をすると、黙っていたほうがマシなんて思ってしまいがちだ。ほんとに黙っているならまだしも、不満は残るので、本人には言わずに他の人に愚痴ったら余計こじれて関係がおかしくなったなんてことも。気持を伝えるには、言葉以外のコミュニケーション手段も重要だ。だが、それはあくまでも言葉を補うもので、この人間社会では、言葉が命である。普段当たり前に使っている言葉でも、意思の疎通がうまくいかない場合、言葉の定義がお互いに異なることがある。そういったことは、やはり話してみないことにはわからない。言葉におけるコミュニケーションを放棄してしまうと、言葉を使ったとき以上の誤解が生じてしまう。それなのに、あきらめが先にきて、話しても無駄とばかりに会話を放棄したりする。面倒くさくても、相手にわかる言葉を選んで根気よく対話を重ねないと物事は前に進まないのだ。反省ならサルにでもできるが…
posted by みょうみょう at 19:07| Comment(0) | 新聞・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なくしていたのは心の余裕

聖教新聞・名字の言より

仕事、育児、家事に追われ、「時間がない」が口癖だったある女性。あるとき、4歳の娘に言われた。「時間はどこでなくしたの?一緒に探すよ」ハッとした。落し物がみつからず、困っているように見えたのだろう。きっと笑顔も消え、知らず知らずのうちに心配をかけていたのかもしれない。なくしていたのは時間ではなく、心の余裕だった。以来、女性は「時間がない」という言葉を「充実しているわ」に置き換えるようにしたという。

私は「時間がない」という感覚こそあまりないが、「何かに追われている」「何かに急き立てられている」「手いっぱいでしんどい」という焦りのようなものはよく感じる。整理整頓が苦手なせいもあるが…(物だけではなく、人間関係なども)これも「心の余裕をなくしている」状態である。決心して机の上を片付けたり、ずっと先延ばしにしていたレポートなどを仕上げると、少し余裕が出てくるので、やる気の問題でもあるのだが。「心の余裕」などというものは、まわりの人にはどうすることもできない。家事や仕事、育児などは、どの程度を負担と感じるかは人それぞれだからだ。なので、意識してガス抜きのようなことをしないといけないのだろう。今日の午後、2歳の女の子と2時間ほど過ごした。実子としてわが家に迎える予定の子で、今は乳幼児施設にいる。さくらちゃんというのだが、この子と絵本を読んだり、絵を描いたり、おままごとをしたり、慣れるための大事な時間とはいえ、無駄な時間と言えなくもない。だが、この無駄な時間が今の私には必要な時間とも言える。ちょっと退屈で時間を持て余したりもするが、そんなときはちょっと席を外してみる。戻ってみたら、主人になついていた。ついさっきまではチラチラ見てただけなのに…なんだ、私がいなくても大丈夫なのか、とホッとすると同時に悔しくもなる。こんなかんじで、息抜きとなるのだ。さくらちゃんは、「心の余裕を保つ」ためのお薬みたいなものである。よいガス抜きとなっている。
posted by みょうみょう at 18:44| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

災害時における自己責任

町の広報に、町民大学講座「金沢大地震にそなえよう」がのっていた。

石川県は津波による被害が想定されている地域。地震が起きてから数分で津波はやってくる。自分のところで大きな地震があったら、ニュースを見る前に逃げなくてはならない。指示されるのを待つのではなく、自分で考えなくてはならない。
自分たちが置かれている危険性、いざというとき何をしなければいけないかをわかっていれば、地震が起きたときに逃げることができる。知らなければ何もできないので、学ぶことが大事。情報や知識に基づいた学習が、いざというとき自分の命やまわりの人の命を救う。

地震は備えることで助かることができる。知恵と学びでカバーできることもある。

@ 自分の命は自分で守る(自助)
A 家族・近所で助け合う(共助)
B 行政機関による救助(公助)

阪神淡路大震災の結果から見ても、建物の下敷きになった人は基本的に自分の力で出てこなくてはならない。自分で出られない人は警察や消防の力を頼る。自分の力や隣近所の人の力で出られる人は、公の力を頼ってはいけない。少しでも多くの命を救うには、自力で出ることが大切。行政も被災するので、期待してはいけない。まずは生き埋めにならないことが最も重要。

                       講師:金沢大学人間社会学地域創造学類准教授・青木賢人

阪神淡路大震災では、それほど深刻な被害に遭ってない人も、権利として食物の配給などを主張し、しまいにはおにぎりなどが捨てられるようになったと聞いた。今日明日の食物に困らない人にとって、毎回毎回同じようなおにぎりにはすぐに飽きがきたようだ。多くの人が救助されないまま亡くなっていった一方でこういった事実もあるのだ。私たちはなにかというと、権利を主張しがちだ。税金を払っているのだから当然とばかりに。あるいは、知り合いや近所の人に頼るくらいならお金を出してサービスを受けたいとか、国や県や市がなんとかすべきとか。災害のことだけでなく、あらゆることにこういった傾向が見られる。地震などの災害時になれば、何百年に一度という惨事ならなおのこと、自治体は何をしてるんだ!?と公の力を頼っても生き残れない。自己責任という言葉は公の責任を免責するものではない。都合よく解釈されがちな言葉だけに、しっかりと自己責任の意味を考え全うしたい。
posted by みょうみょう at 12:32| Comment(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運動会といえばリレーでしょ!!

運動会の種目といえば「リレー」に決まっています。小学校まではかけっこを得意としていた私にとって、運動会のリレーは花形競技でした。脚は短いほうだったので、回転の速さでスピードを上げていました。全校生徒130人ぐらいの小さな学校だったので、運動場は狭くトラックは100メートルしかありませんでした。なので狭苦しいところで走るのや、せいぜい50メートル走が得意なのです。リレーも走る範囲は50メートルほどでした。私が小学生だったころは、まだバリバリ競争が盛んで、借り物競争や障害物競走、玉入れなどご愛嬌競技でも勝ち負けは重要で、負ければそーとー悔しかったです。リレーは最終種目で、得点が拮抗していれば逆転の大チャンスですから盛り上がらないわけがありません。特にアンカーはみなの期待をいっしんに背負ってますから、抜かれでもしようものなら、たとえそれが相手チームの選手でも同情しました。自分のチームが勝つことはもちろん嬉しいのだが、ラストで抜かれるということがどれほど屈辱か、自分もリレーの選手であっただけによ〜くわかっていました。リレーの選手とはチームの枠を越えて連帯感がありました。私はリレーで抜かれたことが一度だけあり、そんとき抜いた子の町内の人たちが、その子に対して太鼓を打ち鳴らして大きな拍手と声援を送っていたことを今でもありありと思い出します。私も悔しかったけど、私の町内の人もそーとー悔しかったと思います。かなわない相手がいることを実感したときでした。世のなかにはどれだけ努力してもできないことがあります。短距離競争なんてその代表です。悔しい悔しい、でも受け入れるしかない事実でした。白組と赤組しかなかったけど、運動会の後はしばらく友達関係もギクシャクしていました。負けたときには、大の仲良しの友だちが、勝ったチームのヤツというだけでくやしーーーくて面白くないのです。数日で元に戻りますが。競争心むき出しでがつがつしていた時代のなつかしい思い出です。
posted by みょうみょう at 11:15| Comment(0) | お・も・い・で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

すてきな洋服が欲しい!

ばあちゃんの米寿祝いの贈り物を姉といっしょに買いに行った。なにかはおるものでも、ということでデパートへ行ってみた。1階に年配の人向けの洋品店があったので入ってみた。凝った刺繍のほどこしてあるものや、色合いのとてもしゃれたもの、ビーズ細工の模様がはいったものなど、ため息が出るような素敵な服ばかりだった。カーディガンが2万円〜5万円ほどで、値段にもため息が出たが、ブランド品のように、目の玉が飛び出るほどでもない。こういったお店にはとんとご無沙汰だった。服なんてここ何年も買ったことがなかったし、(せいぜいユニクロで必要品を買う程度)行くのもイオンなどのスーパーばかりなので、すごく新鮮だった。私は老人ホームに勤めているのだが、高齢者が着ているものはトレーナーのようなものが多い。それはそれでかわいかったりするのだが、たまに凝ったデザインのブラウスなどを着ている人もいて、すてきだなぁと思っていた。暗めの色が主流だが、柄などはしゃれていて、トレーナーとはまた違ったよさがある。普段はカジュアル一辺倒の私であるが、お店のきらびやかな服を見て、久々に素敵な服が欲しいと思った。60〜80歳になったとき、こんな素敵な服を着られるだろうか、ピンクが似合う素敵な年寄りになれるだろうかと、楽しい気分になった。目の保養になった。貧乏に甘んじ、萎縮していたこの数年だが、ほんっと久しぶりに物欲がわいた。たのしいひとときだった。
posted by みょうみょう at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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