2011年06月30日

介護と看護はロンパリか?

老人ホームに勤務している。直接処遇職員には介護士と看護師がいる。仕事内容はほぼ完全に分かれている。痰の吸引や経官栄養の注入、摘便(肛門に指を突っ込んで便をかきだすことです)などを介護士がすることはあっても、看護師がオムツ交換や食事介助をすることなどはほとんどない。以前3歳未満の子どもばかりいる乳児院(赤ちゃん専門の児童養護施設)で保育士として働いていたときと全く反対である。乳児院では、そもそもユニフォームがなく、保育士も看護師も私服にエプロンをつけていただけである。はたから見たら誰が保育士で誰が看護師かなどわからない。保育士と看護師の仕事の区別は全くといっていいほどなかった。保育士であっても子どもの受診に付き添い、薬の管理をするし、看護師であっても「保育」に関すること(あそび全般)をやる。おむつ交換、食事介助は言うまでもない。なので老人ホームに勤務して一番驚いたのは職種によって仕事が完全に分離されていることだ。老人は医療ニーズが高いから介護士には無理なこともある、そう思うだろうか。だが乳幼児だって同じだ。死亡が許されないという点では、老人よりはるかに医療ニーズは高い。乳幼児の死亡率は発展途上国や紛争地帯で高いのはもちろんだが、先進国でだって低くはないのだ。日本が極めて低いだけだ。抵抗力のない子どもは老人同様にちょっとしたことで死んでしまうのだ。私は保育の仕事が先だったので、介護と看護がこれほどまでに分離していることにどうしても馴染めない。仕事内容が分離していることで、医療に関することは全て看護師に任せる、看護師の指示に従ってさえいればよい、そんな考えが横行しているように思う。指示どおりにやりました、だから自分には責任はありません。というかんじだ。分離しているので連絡もスムーズにいかず、介護職は担当するフロアの利用者の容態もよくわからないでいる。職種が違うのだから仕事内容が異なって当たり前と思う人もいるかもしれないが、それは当たり前で、その上で、ということだ。とにかく今の職場の役割固定はあまりにもやりにくい。
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古い家はがらんどうになってしまった

新しい家に引っ越して3ヶ月が過ぎた。片付けもすすみ、わが家らしくなってきた。以前住んでいた古い家はまだそのままだ。土地と家のセットで売れれば一番いいのだけど、築40年ほどでかなり傷んでいるので無理かもしれない。不動産屋からは、改装したらどうかと言われているが、だんなはあまりお金をかけたくないらしい。実はこの土地をめぐってご近所さんとちょっと揉めている。とんでもない安い値段をふっかけられたのだ。土地を売って欲しいにもかかわらず、買ってあげましょうか?という態度で、相場をずいぶん下回る値段を言われたのである。特に何をするというアテもないので、売れてくれたらありがたいが、家の解体費用までこっちでもってほしいと言われ、さすがにはいとは言えなかった。ご近所さんは電気屋さんで、わが家の土地を駐車場として使いたいようなのだ。これまでも不動産屋を通さず、直接交渉で安く近所の土地を手に入れていたようなのだ。私たちは交渉の一切を、古いつきあいの不動産屋に依頼して、直接話をしないようにしている。電気屋さんとは根くらべである。だが最近電気屋さんがご近所の人を煽っている。空き家となったわが家が防犯上よくないだの、雨樋が壊れていてうるさいだの、落ちている瓦が風で飛んで危ないだの、だんなが草むしりをしていると、近所の奥さんをたきつけて、なんやかやと言ってくるらしい。だんなはそれに耐え切れず、とうとう家を来月解体することにした。近所に迷惑をかけていることは確かだし。なので今年中に片付ければいいやと思っていたガラクタ類をいっきに処分することとなった。だんなは電機屋さんのいやがらせにそうとう参ってたようで、自分ひとりで業者を呼んで、いらないもを全て処分してしまった。いつかやろうやろうと思っていながらなかなかできなかったのだし、これでよかったのだ。そう思いつつもさびしい。最初はだんなの早急さに腹が立っていたけど、今はそれよりも、思い出が消えたみたいでさみしい。
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食生活の乱れはすぐに体調にでるものだな

3日前、朝起きると体がだるく、眠いような眠くないようなヘンなかんじだった。梅雨に入り毎日蒸し暑くそのせいかもと思った。なにげなく毎日記録している食事日記を見ると、まるまる3日間ほとんど野菜を摂っていなかった。朝はパンにコーヒー、昼はパスタかうどん、夜は半額惣菜の揚げ物や肉類というのが続いていた。そして忙しさにかまけてかなんか知らないがストレッチもしていなかった。だるいはずである。さっそくご飯を炊いて味噌汁、青菜のおひたし、冷奴などと一緒に食べた。2日間そういう食生活をしているとだるさは見事に取れた。食生活に気をつけようと思って食事日記をつけているのに、体が訴えを起こすまで気づかなかったのである。食事が乱れているときは、睡眠にも無頓着だし、お酒もダラダラ飲んでしまうし、集中して何かをするということができない。なので、ずーっとダラダラパソコンに向かっていたり、雑誌などもダラダラ読み続けてしまう。たった3日間の不摂生でこうなのだ。長年にわたる不摂生はどれほど人の心と体を蝕むだろうか。職場の男性が毎日のようにカップラーメンを食べているのを見て、他人事ながら心配になる。独身ならまだしも結婚している人までもがそうなのだ。私の職場は老人ホームである。遅番・早番・夜勤のある変則勤務である。体力がないとこなせない仕事である。小さい子どもがいて大変なのはわかるが、お弁当は無理でも、せめておにぎりを夫に持たせるということはできないのか。カップ麺はスーパーなどで格安のものをまとめて購入しているのかもしれない。だがそれでも半分おにぎりにしたほうが安いはずだ。妻が作ってくれないからといって、カップラーメンに甘んじている夫にも不甲斐無さや腹立ちを感じる。10年、20年後泣くのはあんただからね!
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窮地に立たされてわかる夫婦の絆

この間近所の奥さんから思いがけない話を聞いた。5年ほど前にご主人が会社をリストラされ(それは人伝に聞いて知っていた)住宅ローンが払えなくなっていたそうだ。銀行から呼び出され、住宅金融支援機構(昔の住宅金融公庫)にはこちらからきちんと言っておくので、しばらくは大丈夫と言われたらしい。ところが、どういう行き違いがあったのか、支援機構から、銀行からは何の説明も聞いていない、今すぐ残金を支払うようにと通告があったのだ。困り果てた夫婦は知人に相談して知恵を借り、その知人のすすめで、とにかく少し待ってもらえるよう、休みのたびに地元の支店長宅へ夫婦で押しかけお願いしたとのこと。家庭の現状を訴え、相当しつこく訴えたようだ。その結果、なんと支店長はローンの支払いを待ってくれることになったらしい。私情ははさみたくないのだが、あなたがたのあまりのしつこさには負けましたと言われたとのこと。今では再就職も決まり、ローンの返済はなんとかなっているようだ。私はご主人もよく知っているのだが、家庭の窮状については全く知らなかった。なかなかよい再就職先が決まらず大変だなとは思っていたが、いつも明るく冗談ばかりを言っている人だったので全く気づかなかった。奥さんはなんとなく憂いのある表情が気にはなっていたが、やはりそれほどの窮地であるとは思いもしなかった。よくぞ乗り切ったと思う。奥さんは「いつもは全然思わないけど、あの時ばかりは、お父さん素敵!と思った」とのこと。成せば成るとはこのことか。普段なにげなく通り過ぎていた彼らの家がとてもかけがえのないものに見える。住宅ローンが払えなくなり家を手離さなくてはならない人が多いなか、よく踏みとどまったと感嘆する。もしも我家にこのような試練が降りかかってきたら、私たち夫婦は彼らのように力を合わせて立ち向かえるだろうか?胸に手を当てて考えると自信がない…
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2011年06月27日

男とはこうも群れていたいものなのか?

先日の夜勤のときのことである。薬入れにある利用者の薬が残っていた。その方は早くに食べ終え、すでにベッドの中である。後で食べる人たちの薬といっしょに残っていたのだ。はて?飲み忘れか?それとも看護師がうっかり2つ用意してしまったのか?食事介助をしたと思われる職員はすでに帰っていた。薬の空き袋を探すが見当たらない。他の職員(男性)が「たぶん飲ませ忘れだと思う。今飲ませてくる」と言うのである。重複していたらどうするのか?電話かメールで確認してみたらどうかと聞くが、(私は汚れた袋は燃えるゴミとして捨てることもあるので)もう一人残っている職員(男性)もしたくなさそうである。一応燃えるゴミも確認し、やはりなかったので、飲ませてしまった。時間はまだ夕方6時前である。夕食後の薬が数時間遅れたところでどうってことはないのだ。なぜこんな大事なことの確認ができないのか?面倒くさい?それもあるだろう。食事介助をしたのは10年近く勤務している男性介護者でフロアのサブリーダーである。この人に物申すことのできる職員は少ない。特に男性職員がそうである。まるで課長か部長を相手にしているかのようにお愛想を言う光景がよく見られる。還暦を過ぎた介護部長のお気に入りで、よくカラオケのお相手を努めているらしい。薬の飲ませ忘れはこの男性職員であろうと思われる。だからなおのこと確認などできなかったのである。だが、こんなことをしていたらいつか大きな事故が起きてしまうと思う。新人のミスは厳しく追及される一方で、ただ10年いるというだけで、ここまで恐れて何も言えないというのは異常なのではないか。男同士の仲良しこよし、群れたがりは私の理解を超える。一人の女性利用者を4〜5人の男性介護者が取り囲む光景がよく見られる。女性介護者ではまず見られないことだ。男が二人いれば必ずおしゃべりが始まる。それも10年選手へのおべんちゃらである。これが男か?と失笑を禁じえない。それともそれが男であり、男の世界というのはそれほど情けないのか?介護現場には今男が非常に多い。男手が必要とされれていると言う人がいるが、じゃあいったいそれまではどうしてたんだ?別に介護に力なんていらないから男を駆逐できないものかな。
posted by みょうみょう at 10:54| Comment(0) | 介護の愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月26日

職員間に深く浸透している流れ作業と乱暴な言葉や態度

昨日は夜勤であった。(老人ホーム勤務)フリーといって、各フロアを巡回し補助的な仕事をする勤務に当たっていた。夕食介助でとあるフロアに入ったとき、20代の男性介護職員の、利用者に対する言葉や態度に気分が暗くなった。ちょうど配膳時であった。ある男性利用者がトイレに行きたいと訴え立ち上がった。男性職員は「座って」「後で」「いいから座って」と手で押すように利用者を座らせていた。実はこの利用者は歩行不安定であるにもかかわらず、5分おきにトイレに行く人である。昨夜も夜中の12時まで頻回にトイレに行っていたということだ。日中も同様である。職員皆がそうとうイライラしていたようだ。態度が悪くなるのもわからないではない。だが、私が危惧したのは、男性職員がそういう態度を隠すことなく、取り繕うこともなく、当たり前のようにしていたことだ。隠すことや取り繕うことがいいわけはないが、それさえしなくなるということはもっと悪いのではないか。そのときは日勤者が残っていたし、遅番勤務者だっていたのだ。だが、そういう態度を咎める人はいなかったし、配膳やトイレ誘導を手伝うということもなかった。男性利用者があまりにも立ち上がるので私がトイレに付き添おうとすると、「いいですよ!俺やりますから」と言うのである。私に割り当てられている仕事はある利用者の食事介助である。私が配膳を手伝おうとするといつも「配膳はいいんでその人の食介して下さい、時間かかるんで」と言われる。フリーという勤務に限らず職員の仕事はかなり固定されている。ある程度の固定は必要だが、突発的なことが「いつも」起こるのが介護現場である。固定された仕事しかしないとなると、「突発的なことをやらかす利用者は手のかかる人、自分の仕事の邪魔をする人」となってしまう。固定された仕事を滞りなくこなすことが求められるので、全ては流れ作業となる。流れを止める利用者は排除される。(強い薬の服用、精神科受診、拘束など)職員間に深く浸透している流れ作業と乱暴な言葉や態度。改善の余地はあるのか…
posted by みょうみょう at 20:55| Comment(0) | 介護の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

介護現場における職員の服装について

 ある介護の掲示板で介護職員の服装と喫煙について議論されている。今回は服装について書きたいと思う。掲示板では、接客業なのだから服装には気を使うべきというものや(通勤着も含む)、通勤着にまでとやかく言うのはおかしい、服装は自由であるべしなど、色々意見が出ている。利用者さんに対する言葉遣いも議論は白熱していたが、服装の場合、範囲がさらに広がり収集がつかなくなるように思う。この手の議論を見るにつけ思うのは、型とか枠がなく自由であるというのは、成熟した社会であればいい結果を生むが、そうでなければ混乱を引き起こすだけだということだ。日本の社会は未成熟であるが故に、規制が解き放たれると暴走してしまう。これは服装に限ったことではない。自由になった結果起き得ることに対する責任という意識もないままに、自由、自由と叫び自由を手に入れたところで、自由を持て余し、あるいは自由に縛られるという皮肉なことが起きてしまう。
 介護現場における服装については、ある程度の規制をかけたほうがいいと思う。完全に自由にするということは、職員の良識を信じるということであり、立派な心がけではあるが、事業主は自分の甘さに泣かねばならなくなるだろう。通勤着は基本的には自由でよいと思うが、その自由には当然ながら責任が科せられる。事業主としての責任を問われるような格好なら注意すべきであると思う。
 私が以前ユニット型の特養に勤務していたときは、ユニフォームがなく服装は自由であった。それほど非常識な服装の職員はいなかったが、上層部からは、あまりにボロボロのものを着るな、ズボンはずり下げてはくな、サンダルはかかとをふむななど、よく注意が来ていた。極めて非常識というのではないが、ケース会議のときに、50代半ばの女性ケアマネが(その日は公休日であった)7分丈のパンツに襟ぐりの大きく開いたカットソーを着て出席しており、違和感を覚えた。相談員や栄養士などは仕事中であるため、シャツにネクタイなどそれらしい服装をしていた。家族だって会議だというので、それなりに気を使っている。ケアマネの服装は「おしゃれ」ではあったが、相手に対する配慮が見られないと思った。自由というのはこういうことを引き起こしてしまうのだ。そのケアマネが、これが私のポリシーと言うならそれでもいい。その行動に責任を持てばいいのだ。(面倒くさいからやめたほうがいいと思うが)だが、おそらくその意識はないであろう。海外ではニュースキャスターもラフな格好をしているとか反論はあろうが、それこそ猿真似というものである。
posted by みょうみょう at 08:33| Comment(0) | 介護の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

ホリエモンはタダのデブオヤジだがなぜか嫌いになれなくて

朝起きたらパンがなかった。昨夜ホームベーカリーをセットするのを忘れていた。一昨日も忘れて昨日の朝はパンケーキを焼いて食べた。今朝はパンケーキを食べる気にはならず、ごはんやうどんという気分でもなかった。ないときに限ってパンが食べたくなる。仕方がないのでローソンにロールパンを買いに行った。帰り道、いつもならラジオなど聞かないのに(ただでさえよく事故を起こすので、運転中はラジオや音楽はつけないことにしている)なぜか聞いてもいいかという気になりラジオをつけた。どこの放送局かわからないが、(カーラジオをさわらないのでよくわからない)経済ジャーナリストのまちだてつさんという人がホリエモンの実刑判決について話していた。ホリエモンが白か黒かということなら黒とみて間違いない。その上で刑期が妥当かどうかということであれば、短いのではないかということだった。まちださんはホリエモンの世間を舐めているところや脇の甘いところを批判はしていたが、若い人たちだけではなく、自分のような世代の人間にも活力を与えたとして評価していた。それだけに会社が大きくなってホリエモンが変わっていったことを残念に思うと締めくくった。ホリエモンに対してはいまだに崇拝している熱狂的なファンと、完全にタダのバカと見ている人とに分かれているように思う。モヒカン頭で検察庁に出頭するのを見ると、このバカがと思わずにいられないし、さらに太った顔と体を見ると、ただのデブオヤジにしか見えないし、これがかつて若手代表と言われた男か?となんか情けなくもなるが、私は実はホリエモンが嫌いになりきれない。ルックスも一役買っているだろうが、フジテレビの買収に失敗したり村上ファンドに騙されたり、大きい口をきいたり、突っ込みどころが満載だからだ。なにかの本で読んだのだが、ホリエモンがもてはやされていた当時、小学生の女子には「ああいう目立ちたがり屋の空気を読めない人は嫌」と嫌われていたとか。なんかこういうところが憎みきれない。教養のある人とか文化人とかはすごく嫌ってるみたいだけど。下品で下劣、成り上がりそのものという感じがイヤなのだろうか。私だってイヤだが、上品ぶって嫌がるのもなんか…ホリエモンのことなど長らく忘れていたのだが、朝5時にローソンに行くなど普段しないことをして、さらにカーラジオをつけるなどしたためこんなことを思った次第です。
posted by みょうみょう at 17:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遥か遠い自然がある

本棚から星野道夫の『長い旅の途上』を取り出してパラパラとページをめくってみた。何箇所にも傍線が引いてある。折に触れこの本を手に取っては傍線の引かれた箇所を読み返す。この本を読んでいるあいだは時間が止まったような、あるいは過去に戻ったような、それか全く別の時間を生きているような気がする。読んで自分のなにかが劇的に変わるわけではないのだけど、この本の存在が私には欠かせない。本を閉じて本棚に戻せばいつもの慌ただしい、半径数メートルからせいぜい数十キロだけの生活が待っている。
私は星野道夫が亡くなった当時、彼の存在を知らなかった。写真集を一度くらい目にしたしたことはあっただろうが、それだけである。亡くなって数年後彼の著書『長い旅の途上』と『旅をする木』を読み、あらためて写真集などを見た。彼がすでにこの世にいないことは残念ではあったけど、さびしい気持ちにはならなかった。本を開くと星野道夫はいつもそこにいて、様々なことを語り、教えてくれる。生きていることや死んでいることの境界線はそれほど重要ではないように思えた。
小さなことでいつも頭がいっぱいになり、自分にとってかけがえのない人を簡単に傷つけてる私には、彼の言葉が深く突き刺さる。

人間にとって、きっと二つの大切な自然があるのだろう。ひとつは、日々の暮らしの中で関わる身近な自然である。それは道端の草花であったり、近くの川の流れであったりする。そしてもうひとつは、日々の生活と関わらない遥か遠い自然である。そこに行く必要はない。そこに在ると思えるだけで心が豊かになる自然である。それは僕たちに想像力という豊かさを与えてくれるからだと思う。

私はいつも自分や自分に関することでいっぱいいっぱいになっている。この世には自分と自分に関係することしか存在しないように思っている。今こうやって家にいるときに職場で働いている人がいること、私が家でゆっくり眠っている間不眠不休で働いている同僚がいること、家に帰れないことが悲しくて泣いている人がいること、どこかで誰かが亡くなっていること…それらのことに思いを馳せれば、ささいなことで大騒ぎをすることなどないのだ。

星野道夫が亡くなって15年経つが、地球上のどこかにいるような気がする。
posted by みょうみょう at 17:10| Comment(0) | こんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この世にお酒があってほんとうによかった

蒸し暑い日が続いている。北陸地方は梅雨入りしたらしいが、雨はほとんど降らず、ただジトジトと暑いだけである。寒がりの私もさすがに暑いなと感じている。先日久しぶりに日本酒をロックで飲んだ。日本酒自体が久しぶりであった。暑いからビールを飲もうと思ったのだが、エアコンのきいているスーパーで買い物をしているうちにすっかり体が冷え切ってしまったのだ。こりゃ熱燗じゃないとダメか…と思ったものの、車に乗ってるあいだに少し体があたたまり、ちょっと冷えた日本酒がよいのではないかと思いロックにしてみたのだ。おいしかった。ビールとは満足度が違う。私が住む石川県にはおいしい地酒がたくさんある。どちらかといえば濃厚な味のものが多い。氷で薄めたものが私にはちょうどよい。口の中に広がるお酒の味をゆっくり味わい、ゆっくり酔う。そんなゆったりしたかんじが好きだ。ビールだとこうはいくまい。今日も元気だ、疲れたなーというときはビールもいいのだが、少し気分に暗い影が差しているときはビールを飲む気にはなれない。このあいだは特に理由もないのに気分が暗く鬱っぽかった。すごくすごく久しぶりにウィスキーをロックで飲んだ。コーヒーに入れるための小さいサイズの角瓶が空になってしまった。でもお酒はやりきれない気分を救ってくれる。西部の開拓民や金鉱掘りの男たちがウィスキーなしで生活できなかったのは当然だ。厳しい生活や孤独に強いお酒は欠かせない。伊集院静が『大人の流儀』のなかで書いている。「私が酒を覚えたことで一番助かったのは、どうしようもない辛苦をあじわわなくてはならなかった時、酒で救われたことだ。人間は強くて弱い生き物だ。そんなとき酒は友となる。」この世にお酒があってほんとうによかった。
posted by みょうみょう at 16:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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