2011年02月27日

パソコンはほどほどに。

ブログを書きながら言うのもなんだが、ここ数ヶ月の間、家にいるときはいつもパソコンに向かっているような気がする。ほとんどがブログの更新である。新年のはじめに、毎日とにかくなにかを書く、と決めたので、毎日なんかかんか書いてるわけだが、問題はブログが10個ぐらいあるってことだ。毎日更新すると決めたのはこのブログだけだが、週に1度、月に一度といったって、10あると、毎日更新に追われたりする。ちょっとやり過ぎだなと、反省。だんなから指摘は受けていたのだが、夢中になってて、いけないなと思いつつも惰性でやり続けていた。パソコンに向かっているときに話しかけられると、いじっかしいなぁと思ってしまうのだ。だんなとの仲は徐々に冷えて険悪になっていき、今日など、休みが一緒なのに、別行動をすることになってしまった。だんなが、外でごはん食べてくるわ、と言って出て行ったあと、さすがに一人ポツンと残されてつまらなかったし、つらかった。ブログをいっきに更新して、あれもこれもして、と思っていたのだが、とてもじゃないがそんな気になれず、衝動的に車に乗ってスーパーへ行った。パンを買ってきて(凹んでいるのに腹は減る)家で食べ、(どこかで気分転換とも思ったが、いい案が思いつかなかった)しなきゃしなきゃと思いつつのばしていた新聞や雑誌のスクラップを整理した。というかほとんど見ずに捨てた。そのままホームセンターに行き、書類整理用の箱を買って新しい家に持って行き、すぐに片付けた。ずいぶんとすっきりした。身の回りだけではなく、気分もだ。夕方家に帰ると、だんながご飯を炊いて待っていた。すぐにおかずを作って二人で食べた。パソコンに向かう時間をきちんと決めよう。だんながいるときは、なるべくキリのいいところで中断しようと思った。だんなからは、最近本を読まなくなったことも指摘されていた。自分でもうすうす気づいていたが、読む量がかなり減った。ブログのネタに困るわけである。インプットが間に合わなくなっていたのだ。だらだら書くのはやめる!!
posted by みょうみょう at 21:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しい家がニョキニョキ建つのはいいが…

アルプラザ津幡店の近く、バイパスのすぐ側に、いつの間にやら家が何軒も建っていた。つぶれた風呂屋がずーっとそのまま放置してあったのだが、気づいたら取り壊されていて、あれ?こんなところで宅地造成しているなと思ったら、あれよあれよと言う間に家が建ち始めたのだ。なんか春になって、道端にニョキニョキ土筆が顔を出すようなかんじだ。自分が気づかなかっただけで、土筆だってちょっとずつ大きくなっていたんだろうけど。家のほうも、たしか「作ってるな」と思った覚えがあるのだが…とにかく気が付いたら、団地とも呼べるくらいの住宅群が出来ていたのである。まだできたてのようで、内見会というものが行われていた。住宅会社の名前を見てみると、ユニバーサルホームに秀光ビルド、オスカーホーム、タマホームといったところだ。ローコスト住宅というのか。秀光ビルドなどは、1千万円ぐらいで家を建ててくれるらしい。坪数などにもよるだろうが、ローコストにして広い家を建てるという人はあまりいないのではないか。マイホームは無理かな、と思うような人が、低金利なのと、こういったローコストな業者が多くなったのとで、郊外のほうに小さな家を建てているようだ。若い人の需要が増えているとのこと。今が建て時、今建てなきゃ損といったあせりもあるのかもしれない。家が安く建つのは嬉しいことだが、なんだか心配でもある。なぜそんなに安いんだろう?って思うな。営業マンに説明されたところで、素人には本当のところはわからないだろう。雇用が安定していないのに大きな借金を作るというのも不安だし。家賃を払わなくていいから老後が安心と多くの人が言うが、毎月のローンの返済については、どうにかなると楽観しているむきがある。家作りブログなどを読んでいると、マイホームに住む嬉しさでいっぱいなのか、節約が楽しい、家で食事をすることが多くなったなど、前向きなことが書いてあるが、他人事ながら不安になってしまう。新興住宅の10年、20年後を予想すると、晴天の日、遠くに雨雲を見つけたような、不安な気持になる。
posted by みょうみょう at 11:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

寝ない子は育たないとあれほど言うのに…

夜の9時過ぎに風呂屋へ行った。小さな子どもが多いのにはびっくりした。下は0歳の赤ちゃんから、上は小学校高学年、中学生ぐらいまでの子どもたちが、11時近くまでいるのだ。今日は土曜日なので学校は明日も休みだが、ちと遅すぎないかい?私が小学生の頃は、高学年であっても、夜9時からのテレビなどは絶対禁止だったし、そもそも、そんな遅い時間に子供連れで親が出掛けることなど、よほどの事情がないとありえないことだった。(母の家出とか)寝る寝ないはともかく、8〜9時はベッドの中だった。風呂屋にいたのは、特別不出来な、ガラの悪い親というわけでもなさそうだった。子どもがいないので、近頃の事情には疎いが、時代がどれほど変わろうと、人間の出来はそんなに変わらないと思う。なぜ、ごく普通の親が、遅い時間に子供連れで出掛けるようになったのだろう。家に帰って寝る頃には、夜中の12時をまわっていると思うのだが。しかも、飲食ブースでは、夜10時半を過ぎているのに、子どもたちは食事をしているではないか。パフェやお菓子を食べているではないか。私が見た光景は、特殊なごく一部の子どもと親たちだったのだろうか?(そうではないということはわかっている…)保育士だった頃から、子どもの就寝時間が遅くなっていることや、睡眠時間が少なくなっていることは問題視されていた。しかし、驚くなかれ、若い保育士ではなく、年配のベテランが言うのである。早く寝る子もいれば、遅い時間にならないと寝ない子もいる。朝起きる時間も個人差がある。天を仰ぎたいくらいだ。大人の基準で考えているのだ。保育士(しかもベテラン)からしてこうなのだ。夜更かしが習慣づいた子どもたちは、どんな犠牲を払わされるのだろう。
posted by みょうみょう at 23:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉牛なんぞ食べていては、士気が下がること甚だしい

今日の昼ごはんは、時間がなかったのと、安くすませたいのとで、駅の構内にある吉野家の牛丼であった。牛鍋丼とかいう280円のやつにした。味噌汁は別料金なのでオーダーする気にはなれなかった。もそもそと丼を口にはこびながら、つくづく、吉野家は女の入る店じゃないなと思った。回りの客は男ばっかりである。しかも、じいさんやおっさんや、若いのは冴えないオタクみたいなヤツばっかりで、気が滅入ったよ。吉野家の牛丼はあんましうまくないし、味噌汁なしなので、食もすすまず、本当に居心地が悪かった。紅生姜でなんとか食べ終え、そそくさと店を出た。早い、安い、うまい(うまくないか)これらのメニューは、貧乏人や食事に金を使いたくない人間には、ありがたいが士気が下がるのは確実だ。草食男はこういった食生活が原因だな。(断言)なんか女は肉食で元気がいいみたいなことを言ってる人がいるが、女も覇気のないのが多いように思う。つまり食生活だ。(断言)この年になって、吉野家の牛丼を食べるわびしさを身に沁みて感じた。日々の食卓はそれなりの手抜きはするものの、出来合いのものを出したり、インスタント食品を使ったりというのは、極力避けている。今後それだけではなく、もっと栄養のあるものや、おいしいものをだんなに食べさせようと思った。わびしい吉野家の食事をきっかけに、日頃の無精を反省したしだいである。
posted by みょうみょう at 23:13| Comment(0) | 愚痴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仁義なき世界の、仁義ある男たち

「仁義なき戦い・頂上作戦(4作目)」は名ゼリフの宝庫です。

事業を取るか、極道を取るか、決断を迫られた組長打本は、「わしは、どっちかっちゅうと、事業1本でいきたいんや…」と気弱に言います。助っ人である梅宮辰夫演ずる神戸・明石組の岩井が言い放つのが、次のセリフです。

「そうですか。勝手にしたらええですわ。そやけど言うときますわ。前を向いても崖。後ろを向いても崖。あん じょう、正念入れて歩きいや。」

往生際が悪いと、逃げたところで助からないということです。身につまされるセリフです。

山守組長の策略にはまって、7年の刑期をつとめることになった広能。一方山守は1年半。なんら実りのない戦いが終わり、広能が言うのが次のセリフである。

「間尺に合わん仕事したのう」

ケンカ相手の山守組若頭・武田もしょうもない組長のために一文無しとなって、刑期をくらっています。
極道渡世も堅気もなんら変わるところがないように思えます。

@「広島極道は、芋かもしれんが、旅の風下にたったことはいっぺんもないんで」

これは、広島のケンカに神戸が口出しをしたとき、言い放つセリフです。この後には、「神戸のヤツはネコ1匹通さん」ときます。

A「喧嘩相手に金貸す馬鹿がどこにおる。この呆け」

ケンカ相手の親分が、電話で襲撃を知らせてきて、そっちの親分の命助かったら、2千万ほど融通してくれと頼むのに対し、怒鳴りつけて電話を切るシーンのセリフです。面白いのでのせてみました。


B「枯れ木に山がつぶされるわい」

よその組員が助っ人に来たはいいが、飲めや歌えやで、勘定は全部組みに押し付けてくることに対し、「枯れ木も山の賑わいというがのう」と苦々しく言い放った後のセリフです。「いくら兵隊がおっても、銭がなけりゃケンカはできんのじゃ」と、そうとう苦りきっています。
兵隊と銭と、両方がいるのですね。極道の世界だけではありませんな。

以上3つは、小林旭演ずる山守組若頭・武田のセリフである。この4作目は武田が非常に渋く、きまっています。それぞれのシチュエーションで、絶妙なセリフが光っています。

最後に、3作目代理戦争、4作目頂上作戦より、エンディング・ナレーションを紹介します。

「戦いが始まるとき、まず失われものは若い命である。
   そして、その死がついに報われた例がない。

   こうした死を積み重ねつつ、広島やくざの抗争は、
   さらに激しく拡大の一途をたどっていったのである」


  「こうして広島抗争事件は、死者17人、負傷者26人、
   逮捕者役1,500人をだしながら、なんら実りなき終焉を迎え、
   やくざ集団の暴力は、市民の秩序の中に埋没していった
   のである。

   だが、暴力、そのものは、いや人間を暴力に駆り立てる
   社会矛盾は、決してわれわれの周囲から消え去ったわけではない」




posted by みょうみょう at 18:15| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

畜生の心は、弱い者を脅し、強い者を恐れる

春近し、というか陽気はほとんど春である。しかし、私の周りは冬である。なぜって、自分で冬を呼んじゃったからさ。へへへっ。やり方がまずかったんだな。思った以上に周りに迷惑をかけたことは反省しているが、見過ごされたくない、少し大きな問題として、対処せざるを得ないようにしたいという思いがあったのである。今後も機を見て(できるかな?)ジョブパンチを出していくつもりなので、数年は嵐の吹きすさぶ冬が続きそうである。ついては、心構えが必要である。常時自分を励まし、勇気付けねばならない。私は日蓮宗信徒であるから、まずは、御書から言葉をいただきたい。

日蓮大聖人が51歳のとき、流罪地・佐渡から門下一同に与えた手紙、「佐渡御書」から抜粋します。

畜生の心は、弱い者を脅し、強い者を恐れる。
今の世の僧たちは、畜生のようである。
智者の立場が弱いのを侮り、王の邪悪な力を恐れている。
こびへつらう臣下というのは、こういう者たちをいうのである。

畜生:飼い養われている物の意で、動物を総称した語。人間の行動としては、理性を失って、倫理・道徳をわき   まえず、本能的欲望のままに動いていく状態をいう。

心の師匠からの言葉も、力が湧いてくるのでのせておこう。

他人事と思えば、力はでない。自分自身の戦いだと思えば、戦おうと心が定まる。戦えば、強くなる。戦わなければ、卑劣な敵に食い破られる。人も、団体も、戦い続けるところが、他の何倍も発展し、栄えていくのである。

日蓮の教えでは、何もしないことは悪いことなのである。悪いことはしていない、だから自分は悪くない、という考えはないのである。悪いことを見過ごす、見て見ぬフリをする、これは悪いことをしているのと同じなのである。よいことをしないのは、悪いことをしているのと同じなのである。
posted by みょうみょう at 06:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

バナナの国に雪が降ったら?

週刊ブログテーマ
今回のテーマ:雪が降ったら

東京の人は嬉しいらしい。めったに降らないから珍しいし、ロマンチックなイメージがあるのだろう。クリスマスイヴには粉雪が舞い、暖かいレストランのなかから二人で雪を眺める。それぞれの思いを胸に秘めながら…ってドラマの見すぎか。こちとら雪国は北陸の人間だ。雪が降る季節は、なにはともあれ、スタッドレスタイヤに変え、車にはスコップ、雪下ろしを積む。ってこんなこと書いたって雪国の人間には、おもしろくもないし、非雪国の人間だって、へえ、そうなの、大変ねっていう程度だ。そこでだ、私が南国バナナの国の住人だとしよう。常夏であったかく、着る物は腰巻1枚で十分、食べるものはそのへんの果物や木の実だ。寝るのは木の上の涼しい家や海辺の掘っ立て小屋みたいなのでいい。さて、雪が降ったら?まず、雪が降る前は気温がギュギューンと下がるので、慌てて混乱するな。バナナ人間なので、寒い=雪降るという予測ができないのだ。土を掘って裸のままもぐってみたり、柔らかい草を体に巻きつけたり、とにかくその場しのぎの寒さ対策をするだろう。走って体をあっためようとするかもしれない。だが、雪が降るときゃそんなもんじゃ間に合わないんだな。(当然だ)そうこうしているうちに、雪がチラチラ降り出すと、寒いくせに、びっくり仰天、空から白いちっちゃいもんが降ってきたーーーーと大慌て。でもキレイだしちょっと嬉しかったりなんかして。見とれているいるうちに、自分の足が雪に埋まってて、しかも冷たく、恐ろしく寒い。慌てて木の上に上り、寒さに震えているあいだに、雪はずんずん積もり、いつのまにか1メートル以上にもなっている。恐る恐るさわってみるとやわらかい。トントン足で踏むと硬くなる。いろんな形が作れるではないか!夢中になってトントンぺんぺんしてるうちに大きな穴ができたよ。入ってみると、あれ?なにやらあったかい。中に葉っぱやらなにやらいっぱい持ち込んで敷き詰めると居心地がよい。やれやれふーっ。環境の激変が人間を進化させるのか?ってことで。
posted by みょうみょう at 19:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春といえば?

春といえば?

花粉症。天気のよい日には、なまあたたかい風が吹き、水道の蛇口からポタポタと水が落ちるように、鼻水が絶えず滴り落ちる季節である。なんとなく不安な気持になり、不吉な予感さえなぜかしてしまうのが春先というもの。

新年度スタート。異動があったり、新人が入ってきたり、マンネリ気味の職場がちっとばかしざわざわする。じきに怒り心頭、落胆、自暴自棄、あきらめという順に、マンネリが戻ってくるのだが。

恒例の花見である。ことに夜桜は風情があってよい。しかし、桜もまたなぜか切なくさびしい気分になる。過ぎ去った桜の季節に自分の人生を重ねてみたり、来年は見られるだろうかと、世をはかなんだり…

新酒。猪口を一つもらって、集まった蔵元からお酒をついでもらい、持込のつまみで新酒を楽しむ近江町市場の新酒祭りは楽しかったな。今年行けるかな…ききちょこ会もぜひ行きたいところだ。

卒業。小、中、高、専門と卒業したが、いずれも涙は出なかった。泣いてる級友が不思議だった。だが、この年になってわかった。卒業式は今生の別れといってもよいのだ。卒業後、生きてるあいだにいったい何人の人と再会するだろう?一生会わない人もいる。みんな泣くはずだ。

遠足。まだ仲良くもなっていないこの時期に遠足に行くのは、仲良くなるためか?いっしょに悪いことをしたときが仲良くなるチャンスなんだがな。私は遠足にはあんまりいい思い出ないな。お母さんが料理がヘタで、センスもなかったから、お弁当がイマイチだったんだ。

こう見ると、なんか春って憂いのある季節だな。

posted by みょうみょう at 16:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

日本酒はもはや日本人のお酒ではないのだな…

日本酒の輸出、過去最高「寿司ブーム」と相乗効果。輸出先は米国が最も多く、次いで韓国、台湾、香港、中国と続く。最近はカナダやオーストラリア、シンガポールにも広がりをみせている。米国では、富裕層を中心に純米酒などの高級酒が好まれ、ドバイでは1万円の吟醸酒が10数万円にものぼることがあるという。一方、国内市場では苦戦を強いられており、国内消費量は95年の半分に減っている。以上ネットニュース(J−CASTニュース)からである。昨日の夜久しぶりに日本酒を飲んだ。鰺の刺身を買ってきたら、熱燗が飲みたくなったのだ。ここ数ヶ月日本酒を飲むことはほとんどなく、家には買い置きがなかったため、料理に使っている福光屋の金色のしずくを飲んだ。引越しのため、お猪口だの銚子だのはみんな片付けてしまったので、コップ代わりに使っているワンカップで飲んだ。おいしかった。凝ってた頃はやれぬる燗だ、ぐい飲みよか杯がいいなどと、うんちくをたれていたが、今じゃあ、料理酒をワンカップで飲んで満足している体たらくである。私は日本酒を冷やで飲むことはほとんどないのだが、多くの人は(特に若い人)冷やで飲むそうだ。(年寄りは別だが)好みもあるだろうが、燗をするというのが面倒くさいのではないか。それに燗酒はのんびりゆっくりと飲むのに合っていて、せわしない日常生活では敬遠されるのだろう。外では牛丼などをかき込み、家ではコンビニ弁当や出来合いの惣菜をかき込んでいて熱燗もなにもあったもんじゃないな。お酒を飲まない(楽しまない?)人も増えているようだ。海外で消費されているのも、純米酒などの比較的高級なものだ。日本人の大半が貧乏に甘んじ、劣悪なアルコール類で満足しているのに対して、外国の新たに豊かになった人たちが、おいしい日本酒を飲んでいるのはなんとも皮肉なことだ。だが、純米酒にこだわってきた杜氏などは、ずいぶん早くからこのことがわかっていたようだ。高級な純米酒を楽しむ人と、安ければそれでよいという人にはっきり分かれてくるだろうと確信していたみたいだ。だが、日本人がここまで落ちぶれ、技を凝縮した最高の日本酒を外国人が飲むようになることまで予想していただろうか?日本酒好きとしては、今の状況には複雑なおもいがする。
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/jcast-88378/1.htm
posted by みょうみょう at 10:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

こんなに気候がよくては、気があせるでないかい。

2月といえば雪だるま。まだまだ天気も心も雪やこんこ、というのが私の2月に対するイメージである。なのに1月のしつこい雪がやんだと思ったら、まるで3月の終わりのような天気が続くではないか。あったかいのや、天気がよいのは嬉しいことだが、なにやらせわしない。3月末というのは、年度末で慌ただしいが、まだ2月半ばなのに、まるで3月末のような雰囲気がある。(3月に引っ越すので、自分だけの事情もあるのだが)なんかしなくちゃ、あれもこれも…とそわそわするのだ。まだコタツのなかでのんびりしていたいのに!ってかんじか。これからは、季節がだんだんずれてくるのだろうか。3月の終わりに桜が咲いて、4月に5月病?になって、梅雨は5月で終わり、6月には熱中症か?あ〜せわしない!けど1年が365日なのは変わらないし、ずれてどこかが長くなるのか?どこかで帳尻が合ってるはずなんだが、よくわからないな。まるで私が勤務する特養での仕事みたいだな。「まわす」だの「まわらない」だの言って、食事もトイレも寝るのも、それーーーっ、うりゃーーーーってかんじでやってるが、さて、これをもし急がなかったらどうなるんだ?だれがどういうことになるんだ?謎だな。ためしに30分ほど間あけてみるか。みんながだぞ。なぜかっていうと、今だって、誰かがうりゃーーって気合入れて走りながらやってる一方で、“いつも”関係ないし〜といわんばかりにのんび〜りやってる人がいるのだ。それで帳尻が合ってるんだな。(勝手に解釈し、納得)一度みんなでのんびりやってみるという実験が必要だな。どう提案するんだ?………なにはともあれ気候はすでに3月だ。(話題を変えて気分転換というやつだ)がんばらなくちゃ、がんばらなくっちゃ、いいかげんがんばらなくっちゃ……しかし、春になると眠くなるもんだな。がんばる気なしとみた。
posted by みょうみょう at 09:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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